|
ハレー彗星を見るため4時に起床。予想の通り、空には雲はなく、ミルキーウエイを含め満点の星空だ。前日確認していた方向を眺めると月直径の2倍ほどの長さの白い筋がくっきり見える。これがハレー彗星かと感動。 晴れていて星がよく見えるとなれば、当然マウントクックの雄姿も拝めるはずだ。皆で日の出とマウントクックを見るためにホテル・ハーミテージ前まで行く。 |
|
| 早朝のMt. Cookを背景にHermitageの前庭より |
|
|
6:30に日の出。みんなの期待通り、太陽が、マウントクックの白い頂を照らしている。まったくすばらしい光景だ。早起きしてハレー彗星を見てそのまま起きていた甲斐があった。 |
|
さんざんマウントクックの写真を取り、YHに戻る。朝から体を動かしたおかげで、朝食がうまい。みんなで揃ってテーブルを囲み、ミルクなど分け合いながらパンを食べる。ハレー彗星のことや、マウントクックの山々が見えたことで話しが盛り上がる。 |
|
朝からの快晴なので、今日こそスキープレーンが飛んでいるかもしれないと再びホテルハーミテージへ。これもまた皆の期待を裏切らず、今日は運行しているとのこと。ここ数日間天候が悪くて運行をしていなかったのだが、タスマン氷河の一番上の部分に軽飛行機で着氷することで有名なこのスキープレーンを是非体験してみたかったのだ。家宝は寝て待てではないが、マウントクック4日目にしてすばらしい天候に感謝するばかりである。 |
|
ホテルハーミテージから空港までの無料バスに乗って、少し下流にあるマウントクックの空港に到着。セスナ機が飛び立つのがよく見え、わくわくさせる。 セスナ機のような小型軽飛行機に乗るのは初めてだ。5人乗りの座席の内、パイロットの後ろの席に乗り込む。内藤君の他に日本人がもう一人。彼は婚約者と一緒に来たのだが、なぜか男女別々に飛行機に乗せられた。 セスナ機はエンジンをかけて滑走路を滑り出し空中に浮かんだ。一気に高度を上げ安定すると、パイロットが座席の脇のレバーを大げさにギコギコ上げ下ろしをしている。なにかトラブルでもあったのだろうかと一瞬ドキッとしたが、氷着時に使用するソリをスライドして車輪の下に移動させているのだ。 下の方にタスマン氷河沿いの道が見える。昨日走ったボールハットロードである。上空から見ると、道をふさいでいた崖崩れの様子が手に取るように見え、あのようになっていたのかとうなずくばかりである。 メインは氷河の観光ではあるが、ここはニュージーランドの屋根、サザンアルプスのまっただ中。マウントクックに向かって飛んでるなと思ったら、いきなりの急上昇や急旋回のアクロバットさながらの飛行で乗客を楽しませてくれる。男女別にした理由がこれでわかった。私が感激して奇声を上げるとパイロットは振り返り、私が笑っているのを確認する。そしてより過激な飛行が始まった。 |
|
タスマン氷河のU字谷上部の山に囲まれたお盆のようになった部分に近づいた。ちょっと前に出たセスナ機と観光客を横目に見ながら飛行機は着氷。飛行機から出てみると万年雪が堆積して凍っているので、表面は堅くてフラットだ。周囲の山々も雪をかぶっているので、一面の銀世界だ。 感激のあまりみんなで大声を上げてポーズを取り、巨大な氷河の中のちっぽけな人間をアピールしつつ写真を撮り合う。 |
|
10分ほどでセスナ機は離氷。帰路はどこへも寄らずに数分で空港へ戻る。再びレバーをギコギコやって着氷用のソリを忘れずに引っ込めたのは言うまでもない。 |
|
空港からは再びバスでホテル・ハーミテージに戻る。氷河観光の余韻をそのままにすぐにYHへ戻る。 |
|
前日の悪天候のため予定より1泊多く泊まることになったが、充実した午前中だった。YHのおばさんにお別れの挨拶をして4日間お世話になったマウントクックYHを離れる。N君も同様にマウントクックを離れるべくモーターバイクの準備をしている。彼とはオークランドYHでの再会を確認して先に失礼する。 何度もマウントクックの雄姿を振り返りながらプカキ湖沿いの道を戻る。何キロも行かないうちに、モーターバイクの軽いクラクションが後ろから聴こえる。と思ったら手を振って抜かして行くN君であった。 ちょっとまとまった下りを快調に走り、コーナーを曲がると、道路一面が真っ白である。羊飼いのお兄さんにつれられて道路を移動している羊の群である。これぞニュージーランドと言った光景を写真に収める。 プカキ湖沿いの道の途中に小高い展望台のような場所があり、オンロードのモーターバイクと男の人が一人たたずんでいた。休憩がてら声をかけると、その人は今日はすばらしく晴れているのでマウントクックを見に来たという。彼の家は私がこれから向かうトゥワイゼルという町の方であるそうで、どのくらいの距離があるのか尋ねた。彼は「アイティ・コロミター」と言うが、意味が分からない。何度か聞き直すと、ようやく「エイティ・キロメーター」(80km)であることが解った。オーストラリアやニュージーランドでは英語のエイとアイの発音が意外なところで入れ替わることが多い。しかし、トゥワイゼルまで80kmは有るはず無いので、そんなばかなと思いながらその場を離れる。 |
|
やはりトゥワイゼルはそんなに遠くなかった。あの地点から、せいぜい50 kmぐらいだと思う。町の入り口に大きな歓迎の看板があったが、写真を撮って小休止をしただけで先に進む。この辺はYHは無いので、泊まるところにちょっと心配だが、オマラマの町までは明るいうちに着くことができそうだ。 |
|
オマラマの町に入るやいなやキャンプ場の看板が目に入った。キャンプ場は交差点のそばにあり、キャビン(バンガロー)もあるようだ。とりあえず管理人のいるところに行って泊まれるかどうか聞くと、OKである。ちょうど日没も近く薄暗くなっていていたので、いいタイミングだった。 キャビンは小さいながらもこぎれいで暖房もある様だが、ベッドの上にはマットレスが有るだけで布団はない。そりゃそうだなと思い、管理人室に行って寝袋を貸してくれと言うとこれもすんなり借りることができた。 持ち合わせの食料を持って、自炊設備の整っているキッチン棟に行く。勝手が分からずうろうろしているとアベックが話しかけてきて、私のことを知っているという。どうもマウントクックYHで同泊だったようだ。適当にあまり物などを炒めて簡単な夕食とし、シャワーを浴びてからお言葉に甘えて彼らのキャビンを訪ねた。 彼らはヒッチハイクでニュージーランドを旅しているカナダ人のモンク夫妻で、奥さんはオランダ人で7ヶ国語がしゃべれるという。夫は国の研究所で原子力関係の研究者だったが最近やめたそうで、長旅を楽しんでいる。カナダに戻ったらどうするかはきまっていないそうだ。今日は何度か私の自転車に抜かされ、そして何度かヒッチハイクした車で何度か私を抜かしたそうだ。結局は同じだけしか移動できていないね、と笑っていた。そういえばヒッチハイクの人を何度か見かけた。私は辞書片手に英語で日本のことを話し、楽しい時間を過ごした。 |