イングランドサイクリング

イングランドサイクリング 詳細
1995年9月20日 水曜日 ワーズワースが愛した湖水地方 グラスミアとダブ・コテージ


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走行ルート
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Glasmere YHDove CottageCastlerigge Stone CircleKeswickAshness BridgeRosthwaiteHonister峠Buttermere YH
天候
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晴れ
宿泊先
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Buttermere YH
走行データ
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走行距離:50km
支払い
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Dove Cottage及び博物館入場料UK£4.00
ナショナルトラスト・ショップにて
トレーナーUK£26.95
バッジUK£0.70
エンブレムUK£0.75
しおり他
Keswickのサンドイッチ屋にて昼食(合計)UK£2.00
サンドイッチ×2個
アップルパックジュース
ミネラル・ウォーターUK£0.45
Buttermere YHにて
宿泊費UK£8.00
夕食費UK£4.00
朝食費UK£2.70
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Glasmere YH 09:30発
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Glasmere YHの朝食s5tr
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Glasmere YHの朝食
まるでお城のような建物のGlasmere YHs5tr
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まるでお城のような建物のGlasmere YH

すがすがしい朝だ。朝食をとり、昨日会った、柳村君と YHの庭で記念撮影をし、出発。グラスミア湖の湖畔にある、詩人ウイリアム・ワーズワースが沢山の作品を残した家として知られるダブ・コテージを目指す。

グラスミア湖畔の道を走りながら、サイクルコンピューターを見ると、止まっている。センサーに繋がるコードが切れているようだ。膝ほどの高さのある湖畔の縁石に腰掛けて、30 分以上も費やして修理を試みるが、半田ごてなどの電気工具類は持っていないので、ついに諦め、走り始める。

Dove Cottage 10:20着 11:20発
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Glasmere湖の静かな湖面s5tr
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Glasmere湖の静かな湖面
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ワーズワースが住んだDove Cottage

ダブ・コテージは白い小さな建物だ。近くの記念品などを売っている建物の中で、別棟の博物館と共通のチケットを購入。ここは、ワーズワース・トラストが管理しているので、ナショナルトラストの会員割引はない。

小さな建物のダブ・コテージは混んでいて、入り口で少々待ってから入場。何人かまとまると、1人づつ案内係が付いて見事な解説をしてくれるようだ。ここの案内係はコンテストで優勝したことで有名らしく、自信に満ちている。私の顔をみると、日本語での案内はできないので、よかったらこれをどうぞと、ワープロで打たれた日本語の案内書を渡してくれた。

ダブ・コテージの中は、狭くて薄暗く、当時の生活が忍ばれた。湖水地方の西側に位置する町コカマウスで生まれたワーズワースは、心の安らぎを求めてこの地に居を構えた。きっと当時この辺は、ただ美しいグラスミア湖があるだけの何も無い所だったのだろう。ワーズワースといえば名前だけは文学の心得の無い私でも知っているが、あまりにも彼のことを知らないまま、観光地だというだけでここを訪ねた私が少し恥ずかしくなった。ワーズワースにとって湖水地方とはそんな私には到底理解できない深い思いがあるらしい。

離れの博物館もこじんまりしているが、狭い空間をうまく使い展示を行っている。ワーズワースに関する物や湖水地方に関する当時の絵画や資料がたくさん展示され、音声による解説もある。英語を100%理解できないのが残念であるが、様々な資料を目にすることができるのは価値のあることだと思う。

ダブ・コテージの前のダート道をほんの少し走りグラスミア湖岸の主要道に出た。ここからきた道を少し戻り、グラスミアの町を通り越してケジックの町に向かう。グラスミアの町をすぎると道は登りになって行く。青空の中、前方に山の鞍部が見える。あれを越えるのかと思うとちょっとがっくり来た。主要道だけ有って車の交通量もそこそこあるが、道幅に余裕があるのが、せめてもの救いである。

Peek(標高265mh) 12:00着 12:05発
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Glasmereから峠を越えKeswickへs5tr
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Glasmereから峠を越えKeswickへ

登りに入ったかと思うと、すぐに勾配がきつくなってきた。ギアをめいっぱい軽くして、乗って登れる限界の角度だ。湖水地方に来てまだ数日だが、英国の坂道は、日本の峠道のように、つづら折れなど全くなく、まっすぐに登るという印象が決定付けられた。しかし、それで済んでしまう程度の標高差であることも事実である。

ピーク付近はとても広々としていて、何もなく荒涼としている。なにかの標識のところに自転車を立てかけて、サイクリストが昼食をとっている。丁度休憩したいところだったので、ペダルの回転を止めて、声をかける。彼の自転車にぶら下がっているラジオから流れるビートルズナンバーが、荒涼とした景色に反して明るい雰囲気をかもし出している。湖水地方を何度も走っているという地元の彼と少し話した後、手を振り先に下り始める。

下り始めてそれ程経たない内に、自転車のマークの入った分かれ道の標識が有った。ここは湖水地方では毎度お馴染みの細長い湖、サール湖の南端に位置し、ここから湖の対岸の道に入ることができる。記念写真を撮っていると、さっきのサイクリスト氏がこっちだよというように手でサインを出しながら、対岸の道に入っていった。私もそれを見て、後を追うように走り始める。

対岸の道は、車はほとんど無く、快適な道だ。標識の通り、自転車にとっては最高の道となっている。ほんの少し登ったところに彼の自転車が止まっていたので、何かあるのかと減速すると、彼が展望台のようなところから降りて来た。いい眺めだよというようなことを言い残して先に行く彼を見送り、自転車を止めて展望台に登ると、何人かの観光客が景色を眺めていた。私が、挨拶すると、どこから来たのかという話になった。連日天気がよく観光にはいいが、そのおかげで湖水地方の水かさは少なく、この地方の水の確保に支障が出ていると教えてくれた。

Castlerigge Stone Circle 13:15着 13:45発
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Castleriggeストーンサークルs5tr
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Castleriggeストーンサークル

南北に細長いサール湖の北端を越えたところで、主要道と合流する。ケジックの町に行くには丘をまた一つ越えなければならない。例によって、勾配はきつめだが、程なくピークに到着。ここで遺跡のマークの入った標識があり、キャッスルリッジ・ストーンサークルと書いてある。ストーンサークルと聞いて行かないわけにはゆくまい。標識が指し示している尾根道にハンドルを向ける。

意外と登りはきつく、ハアハアいいながら走る。やがて石積みの塀の向こう側にストーンサークルが見えてきた。塀には高さが低くなっている部分が有って、そこにステップがつくられている。標識によると、フットパスが横切っていて、この塀の切れ目はその入り口のようだ。塀の中は羊のが数十匹いた。ストーンサークルを塀で囲んで羊の牧場となっているようだ。

自転車を止めて、塀を越えてストーンサークルに近づく。観光客が十人程来ていて、環状にならべられた大小の石の上に乗ったり、もたれたりしてボーっとしている。ここは丘の頂上であり、360度の展望があるので、ボーっと景色を見ているだけで飽きない。それにしてもストーンサークルは何のために作られたものか、不思議である。私にはまったく想像がつかない。

私が入って来たのと違う方角にちゃんとした入り口があった。その外には観光客のと思われる車が数台止まっている。自転車のところに戻り、ぐるっとまわってその入り口から入ってみる。入り口の扉は羊が逃げないように自動的に閉まるようになっていて、しっかりした募金箱が据え付けられていた。能書きを読むと、どうやらここもナショナルトラストで管理されているらしく、管理のために募金を募っているらしい。

尾根道に戻り、少し行くと、登ってきた道と平行に峠を越える道に出た。ここから下るとすぐにケジックの町だ。相変わらず急勾配の下り道を一気に駆け降りる。

Keswick 14:00着 15:10発
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ケジックの町は湖水地方の中心に位置していて、とても大きな町だ。商店もたくさんあり、観光客も多い。町の入り口で見つけた、ナショナルトラストの直営店でかさばらないような土産と、冷えこんだときに着れるようにと裏側に起毛のある、薄い素材の割には暖かそうなトレーナーを買い求める。

ビーチサンダルを買おうと思い、雑貨品店や靴屋を探し歩くが、見つからない。西洋の宿はご存じの通り、部屋の中まで土足である。ハイカットのサイクリングシューズしか持っていない私は、建物の中を歩き回るのにいちいちこれを履くのは面倒と、ビーチサンダルが欲しくなったというわけだ。

時間が無いので、ビーチサンダルはあきらめ、遅い昼食とするため、サンドイッチや紙パックのジュースを買い込み、町を後にする。

町中の狭い道を行くと、ほどなく湖岸の道に出た。パターソンの絵にある石橋、アシュネス・ブリッジは湖岸の道から分岐した道を行くと程なくあるはずで、地形図にも観光ポイントとしてしっかり明記してある。

Ashness Bridge 15:35着 16:35発
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パターソンの絵にあるAshness Bridges5tr
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パターソンの絵にあるAshness Bridge

アッシュネス・ブリッジへの道に入るとすぐにきつい登りになった。ペダリングをあきらめて、すぐに押しに入る。アッシュネス・ブリッジにはそれ程距離はないはずなので、ゆっくり押してゆくが、リアキャリアの荷物の量と、急勾配の坂のおかげですぐに息が荒くなって来た。

視界が開けたなと思ったら、前方に石橋が見えた。アッシュネス・ブリッジだ。道は右側にカーブしてその石橋を渡る。自転車を止めて、サンドイッチなどを持って川の上流側にある岩に腰を下ろす。何人かの人達が岩に腰掛けて景色を見ている。ここにもフットパスが通っていて、ウオーカーの人が頻繁に通り過ぎる。

昼食の前に、パターソンの絵のコピーを取り出し、照らし合わせてみる。橋の欄干の岩は随分減っているが、川の流れや岩の様子はそのもので、ケジックの町も見える。実際にみるまでは信じられなかったが、遠くにバッセントウェイト湖までが展望できる。

パターソンの絵の中には橋の欄干にタンデム車が立てかけてあるが、同じように愛車を立てかけて写真を撮る。セルフタイマーで自分も入れた写真も撮ろうとするが、狭い橋の上を意外と多くの四輪車が通ってゆくので、タイミングが難しかった。

橋の向こうのパノラマの展望を楽しみながら、遅くて軽い昼食をとり、いざ出発。ここからは道を戻るため、もちろん急な下りになる。だからというわけではないが、ブレーキを何気なくチェックすると、前のブレーキアーチの支点のボルトの先頭にあるべきロックナットが外れてなくなっている。このままほっておくと、ブレーキが完全に外れてしまう可能性もあり、ねじ類の入っているスペアパーツ箱をあさって、同じサイズの袋ナットを見つけて、代用とした。

一気に来た道を下り、湖岸の分岐点に戻り、先を急ぐ。予定より随分時間が経過してしまった。分岐点からすぐのところに、YHのサインが有った。ケジックのYHである。下って来た道のすぐ下あたりにYHがあったのだ。今日は、ホニスター峠にあるYHに泊まろうと思っていたが、すでにこんな時間である。一瞬、このYHに泊まろうかという思いがよぎったが、すぐに打ち消して、先を急ぐ。

Rosthwaite 16:50着 17:05発
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湖岸の道もやがて、川沿いの道と変わり、ゆるい勾配の道を登ってゆくと、ボロー・ダーレ(谷)がだんだん迫ってくるのが前方に見えて来た。

ロスウエィトという小さな集落に雑貨屋が有った。これからホニスター峠の本格的な登りに入るわけだが、ボトルの水もほとんどない。迷わず、雑貨屋に飛び込んで、ミネラルウオーターを買い求める。

この雑貨屋の外には年期の入ったクラブモデルと呼ばれる型の自転車が止まっている。その自転車の主である中年男性が店から出て来たので、声をかけると、彼のコースはケジックの町にを基点に、1日かけて、もう少し北側に位置するホインラター峠とこれから私が登るホニスター峠を越えて、ケジックに戻る途中だそうだ。

クラブモデル氏と別れて、いよいよ峠にアタックだ。イングランドに来て、初めての名の付いた峠である。どんな様子か覚悟して進んでゆくと、羊の牧場が点在する小さな集落があり、いきなり登り口に到着した。いままではほとんどフラットな道であったが、この先はいきなりの登りである。昨日のグラスミアへの近道の登りと同じで、日本の峠によくあるようなつづら折れの道ではなく、目的地に向かってストレートに登っている。

ここまで勾配がきついと、最初からあきらめがつく。峠まではそれほどの距離はないので、押していってもそれ程時間はかからないだろう。いままで見ることのなかった腕時計に付いている高度計を見ても、ハイペースで標高を稼いでいるのがわかる。

四輪駆動車がゆっくり私を抜かしていって、100m程先で止まってドライバーが出て来た。私のところまで歩いて来て、峠まで乗ってゆかないかと言っているようだった。親切なその私と同じ年ぐらいの男性に、押していってもすぐだからと言って丁寧に断りながら、自動車までの道のりを話をしながらいっしょに歩く。

Honister峠 18:05着 18:20発
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Honister峠s5tr
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Honister峠
Honister峠にあるYHs5tr
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Honister峠にあるYH

車に乗り込み行ってしまう彼を見送り、地図を見て峠までの距離を確認していると、今度は峠を下って来たウオーカーの女性が声をかけて来た。峠までの距離を尋ねて、今日は峠にあるYHに泊まることなど話すと、今日その峠のYHは休館日であると言う。ハンドブックで確認して有ったので、そんなはずはないと言いながら、一緒にYHのハンドブックを見ると、なんと私が今日泊まろうと思って見ていたYHは、本当はさっき通り過ぎた峠の登り口の集落にあるYHであった。まさかこんなに近くにもう一つYHがあるなんて思わなかった。それにしても湖水地方はYHが多い。今日走ったコース上に、すでに5つものYHが有ったわけだ。彼女は別のYHの管理人だとのこと。どうりで詳しいわけだ。

目的のYHに泊まれないことがわかったとなれば、かなりのショックであるはずだが、ここはYHの多い湖水地方である。ホニスター峠から15分も下れば、バタミア湖があり、湖畔にはバタミアYHがあるのだ。重要なインフォメーションをくれた彼女にバタミアYHに泊まることを告げて別れ、気を取り直して、自転車を押し始める。

標高を稼ぐにしたがって、どんどん景色が開けて来て、ついには背の高い木がなくなり、低木だけになった。海抜にすれば、それ程高い標高ではないのに、まるで、森林限界を超えたような景色である。今まで登って来た方面や、湖水地方独特のなだらかな山々を眺めながら押してゆくと、ついには乗って行ける程の角度の勾配になった。

ペダルを一気に踏み込むと、程なくホニスター峠に着いた。峠にはYHの建物しかなく、殺風景である。

セルフタイマーで峠での記念写真を取ろうとカメラの設置場所を苦心していると、一台の車が峠を越えていった。運転手に目が合うと、こちらを向いて笑っている。彼は昨日、ヒルトップと、グラスミアのインフォメーションであったおじさんだ。3度目の出会いである。

くもりがちの天候に増して、日が傾き薄暗くなってきた。あまり時間が無いので、峠を下り始める。登って来たときと同様、かなりの急角度ある。例によってブレーキの効きが悪いためひやひやする。

Buttermere YH 18:45着
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夕暮れのButtermere湖s5tr
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夕暮れのButtermere湖

一気にバタミア湖畔まで下って来た。湖をバックに写真を撮り、先を急ぐ。あまり遅いと、YHの夕食に間に合わないかもしれず、ちょっと焦る。湖沿いの少々アップダウンのある道をがんがん走る。

小さな集落が見えて来た。きっとYHも近いはずだ。YHのサインを見落とさないように注意しながら走っていると、湖沿いの道にあるバタミアYHを難無く発見。農家のように納屋のある大きい庭がある建物だ。すぐに自転車を立てかけて、受け付けに飛び込み、夕食のお願いをすると、「え?夕食まだなの?」という感じで厨房に問い合わせてくれた。メニューの選択の余地は少なかったが、ギリギリで、夕食にありつけることができた。

食堂には3組み程の家族がテーブルに付いていた。中年の夫妻が2組と、若者とその父親。なにやら難しい話をしているようだが、私を無視しているという感じでもなく、YHの管理人のおさない子供が愛好を振りまいていたこともあって、とてもなごやかな食卓であった。例によってあまり豪華ではない食事が終了し、デザートの時間。隣にすわっているおじさんは手が少々不自由なようで、紅茶を注ぐの等を手伝ってあげた。

食後、壁にある詳細な地図を眺めていると、食卓でいっしょだった若者が近寄って来た。東洋人が自転車で走っているのがめずらしいのか、明日のコースについて、私からの質問に、にこにこしながら、知っている範囲で答えてくれた。

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