町の中心部の小さな広場に面する建物の一角に作られたインフォメーションは、思ったより狭く、壁には一面、地図や観光情報の貼り紙が張られている。
私は今回の旅で持参したフランク・パターソンの線画のコピーを手に市内の地図を目を皿のようにして見つめた。その絵の片隅にはここの絵であることを示す「AMBLESIDE」という文字がはっきり書かれている。80年以上前、サイクリングをしながら行く先々で線画を書き続けたパターソンは湖水地方の絵も多く残している。その絵の場所を今回のサイクリングで1つでも2つでも見てみたいと思ったのだ。
とにかく、この絵の中には川が描かれていて上の方には橋が架かっている。町を流れる川を横切る道は限られているので、取り敢えずそこを目指すこととする。はたして、この景色がアンブルサイドのどこなのかまったく見当がつかないが、川の左右に立つ石造りの家を見る限り、郊外ではなく町中に違いないと直感したのだ。
観光客の多い道を、最初に目星を付けた橋に向かってゆくと、左側に小さな石の建物が見えて来た。どこかで見たことがあるなと思っていると、YHのロビーに有った観光案内の写真の建物で、川の上に架けた小さなアーチ橋の上に立てられた2 階建の小さな建物である。一階ではちょっとした土産を売っていて、曲がりくねった外階段を登ると二階はギャラリーになっていた。
ブリッジハウスと呼ばれるその橋の上の建物から眺めてもパターソンの絵の橋は見つからない。絵の中の橋は高いところにかかっているが、その様に見える所はない。
交通量の多い道を横切り、反対側の欄干に自転車を立てかけて、景色を眺めていると、川の横に見たことのある建物が目に入った。窓の数の違いや少しの歪みはあるものの、絵の中の建物に違いない。そうすると、橋はどこにあるのだろう。私道であろう川沿いの小道を歩いてゆくと、生い茂った木の葉の間から、石橋が顔を出した。パターソンが描いた80年前にはこんなに木は生い茂っておらず、ブリッジハウスのあたりから橋が見えたのだ。パターソンが描いた景色が存在していたことにうれしくなって、絵と同じ角度で写真を撮る。
今度は、絵の中の橋の上に行ってみる。絵の中の建物は上の橋の脇に入り口があり、「Old Mill House」と書いてある。橋の上から見て初めてわかったのが、建物のとなりにある木製階段のように見えた物は、実は水車だったのだ。ミル・ハウスとは流れの急になった川から水を引き入れて、水車を回し、粉をひくための建物だったのだ。絵の中で階段に見えるものが、実は水車であるという事実を知っているのは自分以外に何人いるのだろうか。きっとここまで見に来ないとわからないのだろうなと思うとぞくぞくして来た。