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少しうとうとしていると、もう列車が入線する時間だ。泥酔バックパッカー君はまだテーブルにうつ伏せのままだ。彼は私と同じ列車に乗るのか、それとも泊まるところが無く、駅をうろついているだけなのか。そんな彼を見ぬふりして眠い目をこすりながら駅舎に向かう。 プラットホームがないので、入線してきた列車に待合室から取りだした荷物を担ぎ上げる。たまたま入った車両は、意外にも寝台車であった。一度降りて列車の外を普通車両目指して歩く。3,4両編成の列車の最後尾に荷物車のような粗末な車両が有り、よく見るとその後半が普通車両だった。またまた苦労して乗り込むと例の泥酔バックパッカー君が座席にぼーと座っていた。 |
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普通車の客は、私と泥酔バックパッカー君の他に中学生ぐらいの兄弟だけ。昼間であれば絶景が楽しめ、途中のショーズ滝の付近で観光のために一時停車までしてくれる観光ルートであるこのフロム−ミュダール線であるが、夜間の走行は寝台がメインで、他はこんな荷物車の様な車両だけだ。列車は板張りの硬い椅子から転げ落ちんばかりの角度で登って行く。さぞ絶景なのだろうと思うとなお悔しくなるのだった。 途中寝ている間に停まった駅で降ろしたのか、いつのまにか中学生の兄弟がいなくなっていた。こんな所に帰る家があるのかと驚いているともうミュダール駅だ。 我々2人が降りた後、列車は寝台車に乗客を乗せたまま移動していった。ベルゲンから来るオスロ行の列車にそのまま増結されるようだ。どおりでたかが30分ほどのルートの列車に寝台車があるわけだ。 泥酔バックパッカー君はほろ酔いバックパッカー君程度になり、眠い目をこすりながらバナナなぞをほおばっている。オスロに行ってしまう彼との別れを惜しんだ悪友が送別会で、よってたかって飲ませたのだろうか?と変な想像しながら彼を見ているとベルゲンからの列車が入ってきた。 |
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適当に列車に乗り込み、暗い車内の荷物置場に自転車を置いて、ボックス席を占拠する。すいていてよかった。向い合せの席に足を伸ばして眠りに入るが、意外と車外の明りが気になる。手探りでフロントバックからアイマスクを取りだし、ついでに胸ポケットに常備してある耳栓を取りだし、手際よく装着して眠りに入る。目が覚めたのはオスロの郊外。明け方の景色をぼーと眺めているうちに、列車は早朝のまだ寒いオスロ中央駅のホームに滑り込んで行く。 到着したホームは出発を待つ人や見送りの人で込み合っていた。自転車を担いで半分眠った状態でふらふら人の間を縫うように歩き、駅舎の方に向かう。またオスロ中央駅に戻ってくるとは、予定外であったが、今までの無事を思いほっとする。 |
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手荷物預所に自転車を預け、駅の有料トイレで用を足して、そろそろ開く時間になるスカンジナビア航空のオフィスに向かう。わざわざフロムで宿泊せずに、景色の望めない夜行でオスロに戻ってきたのは、キャンセルした国内線の航空チケットを払い戻すためだ。帰国までに手続きを済ますためには、午前中しかオフィスが開いていない今日の土曜日しかないのだ。 オスロ中央駅の前のビルにあるオフィスのカウンターで払い戻しを頼むと、購入元で手続きをして欲しいとのこと。ギャフン。何のために急いでオスロまで戻ってきたのか。ベルゲンにはオフィスもあったのに手続きを先送りにしていた。そもそも、2万円に満たないお金のために、遠く離れたノルウェーまで来たのに貴重な観光のチャンスを失ったのだ。仮にお金が戻ってこなくても、フロム−ミュダール線の景色はお金に変え難いものではなかったのか。このことは今後の教訓にすべきだと心に誓った。 |
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気を取り直して、駅で2日間市内の乗物が乗り放題のオスロカードを購入し、トラムでYHに向かう。朝のうちに2泊分のベッドを確保し、荷物を置いて身軽になって予定にはなかったオスロ観光にいそしむことにする。 YHではまだチェックインできないので予約のみ行い、荷物だけ預け、再びトラムに乗りとりあえず美術館に向かう。雨が降ってきたので、今日は美術館や博物館などの屋内の観光と決め込む。トラムの運転手に国立美術館まで行くのかを尋ねると、着いたら教えてあげるよと親切であった。 |
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トラムの運転手に教わるまでもなく、目的の駅で降り、美術館に入る。入口のロッカーに上着等を預け、ゆっくり見て回る。たくさんの絵画を見て回る中で、見慣れた景色の大きな絵が目前に現れた。やはり昨日走ったシュタルハイムの谷の風景画だ。昔から著名な景色なのである。 ノルウェーの代表的な画家であるムンクの作品が展示してある部屋に向かう。残念ながら代表作の一つである「叫び」はパリのオルセー美術館に貸出中で拝めなかった。有名な作品は貸し出している場合が多く、日本でも見る機会があるだろうとあきらめ、「思春期」などの他の作品を堪能する。 時間に合わせて小雨のなか王宮に向かい、衛兵の交代式を見学する。思ったより地味な王宮で、建物前の広場は市民が自由に立ち入ることができ、開かれた王室を感じさせる。 |
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古城のなかに歴史館をたずねる。小屋の様な展示館の中で、オスロの町並みのミニチュアと、それに組合わさるように映し出される歴史をたどったスライドの上映を見ていると暗闇の中でうとうとしてしまった。夜行列車で熟睡したとは言ってもやはり眠い。 同じ城址の敷地内にあるノルウェー抵抗運動博物館に入る。中は薄暗く、第二次大戦時の記録がたくさん残してあり、当時の兵器や占領軍であるドイツ軍が残していったジープや装甲車までも展示してあった。子供の頃作ったプラモデルの本物との思いがけない対面となり心踊ってしまった。しかし、大戦中の敵国であるドイツ、イタリアそれに日本の犯した戦争犯罪の資料展示では、非占領国の悲惨な歴史を展示してあり、そんな気持ちも吹き飛ぶような印象を受けた。日本人観光客もこのような博物館にもっと来るべきだと感じたのであった。 |
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城址付近をうろうろし、オスロ中央駅に歩いて戻る |
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オスロ中央駅からはトラムでYHに戻る。トラムでYHに向かうのはもう慣れたもんだ。YHでチェックインを済まし、夕食も取らずベットに転がり込み、数秒で深い眠りに入る。 |