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外に出ると雲一つ無い快晴の天候だ。宿のおかみさんもびっくりするほどで日本晴れではなく奈良井晴れだと連発していた。気持ちのよい朝の宿場のたたずまいをカメラに収め、黒に近いぐらいの青空を眺めながら鳥居峠の下をくぐるトンネルに向かう。前回訪れたときはハイキングコースとなっている旧道の峠を押し上げたが、今回はトンネルを抜けて先を急ぐことにする。 |
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トンネルは工事中で片側通行状態だ。自転車は歩道を行けとのことでやっと自転車1台分の幅しかない歩道をのろのろ走ってゆく。トンネル内の補修作業をしているのか、通行止めにした側の車道は全く使用していない様子である。こんな狭い歩道をのろのろ走るより全く車の来ない車道を走りたいなと思っていると突然それは起きた。ドスンというショックと共に体が半分投げ出された格好になってしまった。車道と歩道の間の柵をつかみかろうじて大事には至らなかったが、何が起きたのだろうかと見てみるとこの地点から歩道のアスファルトが剥がされて20cmほどの段差が出来ていた。トンネルの入口にいた警備員が歩道を行けと指示したときになぜこのことを教えてくれなかったのだろうと腹立たしくなった。幸い怪我はなかった物のトンネル内に付着した排気ガスによるすすで手や体が真っ黒になってしまった。 いくらか行くと歩道が舗装に戻ったのでサドルに跨り今度は慎重に走る。ほどなく前方に自転車を押す人影が見えた。追いついたので後ろからのろのろ着いて行くと私に気づいたらしく、何とか道を空けようとしている。狭い歩道なので抜き去ることはとてもできないので手を差し出して先に行って下さいとサインを送った。 トンネルを出ると前を走っている人はサイクリストのようで沢山の荷物を自転車に装着していた。私に対して申し訳ないと頭を下げるので、こちらこそ急がせて済みませんと謝る。岐阜の自宅から野宿をしながら走っていて、帰路とのことだった。フレームを白い布で巻き、プラスチックのまな板を使って自作したバックサポーターがとても印象に残った。 トンネルを出た所から右に折れて細い道を下って行くと旧中山道にぶつかった。昔通ったはずだがあまり覚えのない所で、庭仕事をしているおじさんに道を尋ねると現在位置がを理解できた。途中には旧中山道と飛騨方面への道との追分けの碑があったので、以前来た時には気が付かなかったなと思い写真を撮る。 薮原の駅付近の鉄道のガードをくぐって右に折れ旧宿場の町並みを抜ける。川沿いに境峠に登る道がはっきりしてきた。今日は峠を2つ越えて高山まで走る予定なので時間に余裕を持ちたい。薮原宿の旧宿場の散策はまたの機会にとする。 |
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川沿い登って行く。古い集落の脇を直線的に登るきつい勾配があった以外は快調である。途中川を横切るための急カーブが何カ所かあるものの川沿いにほぼ直線的に登り標高を稼いでいる。 本格的な峠の登りに入り森に囲まれた別荘地を縫うように道がくねくね曲がりだした。太い丸太で出来たしっかりしたログハウスが点在していている。森を抜け見晴らしが少し良くなったかなと思ったらすぐに峠である。 境峠は看板もなくあまり特徴のない峠だ。昔、友人と大勢でドライブに来た時に越えたはずであるが夜中だったこともあって全く覚えていない。側溝に腰を下ろしてアーミーナイフを取り出し民宿を出がけにもらった高級そうな梨の皮をむいて食べる。ジューシーな果汁が喉を潤しとてもおいしかった。 あまり長居をせず、さっさと峠を下る。これから越える今日のメインの野麦峠への登り口まではたくさん下って欲しくないと言うのが本音である。 |
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下り始めて間もなく、スキー場入口に話に聞いていた食堂があった。この先何処で食事にありつけるか解らないので少し早めの昼食とする。表通りに面した大きな食堂をパスしてちょっと奥に入ったところのうどん屋の前に自転車を立てかけて店に入る。しかし、まだ営業は始まっていとのこと。正午30分前なのにどうなっているんだろう。さっきやり過ごした店まで戻りおにぎりとそばのセットを注文し、地図を睨みながら野麦峠の攻略法を練る。 ここのスキー場の名前は野麦峠の名前が付いているが野麦峠とはゆかりも何もない場所だ。この辺は他に有名な地名がなく境峠スキー場などという名前にするわけにも行かなかったのだろうが、野麦峠に近いところにスキー場ができたら混乱するに違いない。食堂を出て下って行くとほどなく野麦峠への登る道との分岐点である寄合渡という集落に着いた。 |
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丁字路のまさに信号の所のAコープという小さなスーパーマーケットで念のため飲み物やおにぎり等の簡単な食料を仕入れる。 店を出て出発の準備をしていると地元のおじさんが声をかけてきたので、道の状態を訪ねる。それほど物珍しく思われたわけでもないようだが、気軽に声をかけてくれた地元の人の親切な気持ちが感じられた。 いよいよ野麦峠への長い登りが始まる。時間はたっぷりあり、天候も相変わらずすこぶるいいので景色を眺めながらゆっくり登る。道の途中には大きな集落はなく交通量も少ないので登りの苦しみをごまかすようにのんびり走れそうだ。 |
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そろそろ休憩したいなと思っていたところでちょうど野麦峠の資料館があった。食堂もありここで昼食とすれば良かったかなとちょっと後悔しながら小さな石垣に腰掛けて小休止をする。 |
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5万分の1の地形図にもあるように道がつづら折れを始める直前の所に旧道との分岐があった。ハイキングコースになっているようで時間があったら押してでも行きたいところだが、今回はパスし、写真だけ撮って舗装された車道を上がることにする。 |
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本格的な登りに入り、ぐんぐん標高を稼いで行く。時折木々の隙間から見える景色を楽しみながら、例によって地図と高度計とにらめっこしながらゆっくり登る。少し大きめの沢を横切る所に橋が架かっていて地図上でも位置を確認できるのでペース配分を考えながら登る。 |
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先程横切った沢の上流の橋を横切る。ここからは山の斜面を等高線に沿って峠まで行くため距離はあるがそれほど登らないようだ。これなら思ったより早く峠に着きそうだ。 |
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予想の通り最後は少し下るぐらいで峠に着いた。とても明るいイメージの峠でこれから下る方向から右手に乗鞍岳がしっかり見える。昔ドライブで来た時は天候が悪かったのでイメージがずいぶん違う。峠は公園のようなスペースが大きく確保されていて、当時より資料館を始め観光施設が増え、途中の交通量が少なかった割には観光客も多い。 紅葉にはまだ少し早い季節であるが、この辺まで上がってくると種類によっては色付いた葉を見ることが出来る。峠の碑の前で記念写真を撮りうろうろした後おにぎり等の軽食を食べる。 上着を着込んで手袋をしていよいよ下りにはいる。高山まで70kmほど距離があるが、ほとんど下りなので何とかなるだろうとたかをくくって走り始める。深い谷を左手に見おろしながら豪快に下ってゆくと、突然直線的な登りが視界に入った。一時の登りだろうと勢いよく登り始めると更に前方の高いところに道が見えた。地図で確認すると前方の道は確認できたが、今登っている道は地図にない。野麦峠の登り口で話しかけてきたおじさんが狭くてダート部分のある道に変わってバイパスが出来たと言っていたのはこのことだったようだ。この道は小さな尾根を越え隣の谷を走る道に合流するようだ。 ふと来た道を振り返ると車がこちらに来ないで谷沿いに左に曲がって行くのが見えた。そういえばあの辺に進入禁止の脇道があった。あれが旧道に違いないとさっさとそこまで下っていってその道に入った。道はいかにも整備をあきらめた旧道で、舗装状態は決して良くない。しかし、ずうっと下っているし車が少ないのでこのルートを選ぶのが正解のようだ。対向車がたまに来ているので、途中で通行止めになっていることもないだろう。 |
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細長いダム湖沿いに出た。湖岸の道をずうっと走る。当然水面に合わせて平らに走るわけでいい加減飽きてきた。行けども行けども細長いダム湖は終わらない。ダムを越えると一時まとまって下だったと思うとまた細長いダム湖だ。地図に載っている2個のダム湖を過ぎると今度は地図に載っていないダム湖だ。下りだから大丈夫とたかをくくっていたが、思ったより距離を稼いでいないのでいらいらしてきた。 ダム湖を過ぎると広い谷に集落が点在するようになり、同時に交通量も増え少し走りにくくなってきた。途中の休憩所のような所で用を足し、高山のYHに予約の電話を入れる。もう夕方で夕食は間に合わないが、町中のYHなので外食で済ますことが出来るはず。電話の返事は今日は満員でだめとのこと。一瞬愕然とするが、高山なら他に宿泊施設はいくらでもあるだろうと気を取り直して走り始める。 地図を見るとこの谷から高山へは美女峠という小さな峠を越えると近道だ。ダム湖から合流した国道361号はこの峠を越えるのがルートのようだが最近整備された道はこのまま川沿いに谷を下って行くのがメインルートに見える。おかげで峠への入り口を見落とすところだった。昔ドライブで来た時もここを反対側から越えようとしたのだが、工事中で時間が合わず断念したのだ。今度は大丈夫だろうと登り口にさしかかるとまた工事をしているようで通行時間の制限の看板があった。しかし17時以降は工事はないようなので大丈夫だった。 それほど登らずに越えられるだろうと、確実に乗用車1台分の幅しかない細い道を登って行く。途中ピークではと思わせる所を何度か通り過ぎたが意外と峠までは距離があった。美女高原と称したちょっとした観光エリアを過ぎると間もなくピークを越えた。下りは飛騨地方に田舎がある友人から聞いていた以上にボリュームがあった。道は鬱蒼とした森の中に吸い込まれるように下って行く。行けども行けども下りきらない。途中土砂崩れで工事中の所が2箇所あり、この道幅では作業中の通行止めはやむを得ないなと思った。 |
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下りきったところから高山市内へは近道がありそうだが、標識に従い国道361号を行くことにした。峠から下ってきて快調に走っているときにはスピードを殺さずこのままつぱっしる方がいい。急がば回れである。 小高い丘を登り、ピーク付近のお寺の密集する地帯から下って行くと高山市内のメインストリートに出た。小さな川を渡る前の交番横の電話ボックスで再びしつこくYHに電話してキャンセルが出ていないかどうかを問いただすと、キャンセルはないがなんとか1人なら泊まれますとのこと。「なーんだ。どうなっているんだ。」とつぶやきつつ、内心ヤッターとほくそえみ、交番でYHの場所を尋ねる。さっき越えてきたピークの付近にあるお寺(天照寺)がYHであった。 ひだ高山天照寺YHは思ったより大きく、設備も充実していた。国際的な観光都市高山だけ有って外国人の宿泊者も多く、お寺のYHには似合わない国際的な雰囲気を漂わせている。外国から来た学生と思わせる団体が勝手気ままにはしゃいでいてとても賑やかだ。同じ部屋の若者は三重から来た大学生でYHを利用するのは初めてとのこと。風呂から出た後、洗濯器を回している間にいろいろ旅の話などして過ごす。 空荷の愛車をまたいで商店街へ。小さな書店でこれから行く方面の地形図を購入。その後めぼしをつけていたトンカツ屋へ直行。中部地方特有の味噌だれのかかったヒレカツと生ビールのジョッキで極楽の世界へ。食後は地図を折り畳んで店を出てしっとりとした古い町並みの続く裏道を通りYHに戻る。 |