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朝早く起きて、自転車を組み立てる。自転車をよく見てみると、後輪が振れている。後部に大きな荷物を付けて走っているので、後輪には負担がかかり、今回も心配だったところだが、盗難前にはこんなにはなっていなかったはずだ。走行に致命的な問題があるわけではないが、調整をしておこうかと思い、工具を取り出そうとすると、無い。あ、そうか、これも自転車に付けていたので盗られたのかと今になって気が付く。レインウェアも同様だ。盗難証明書を書き換えてもらうため時間があったら警察署に出向くことにする。 朝食を食べに食堂に行く。日本人らしき若者がいたので、同じテーブルに座って話をする。日本人と話をするのは、アイルランドに来て初めてだ。彼に、盗難事件のことや、今日がアイルランドの最後の日であることなどを話す。 市内から空港までは直線距離で10kmほどだとのことなので、メインルートをひたすら走る。朝の通勤時間のためか、交通量も多く、走りやすいとは言えない状況。郊外に出るとだんだん走りやすくなってくるが、それにつれて、自動車のスピードも上がってくる。空港方面への大きな交通標識の出ているところで、左にそれて行く道に入ってしまったため、歩道を使って元の道に戻る。ここからはかなり大きな道で、歩道もなく、高速道路のように路肩も広く走りやすい。(後で聞いたら、ここは自動車専用道路だとのことだ。) |
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大きな交差点で、標識に従い、左に折れると、空港ビルが見えてきた。ロータリーのようになっているところを入って行き、ターミナルビルの前に到着。だれかが自転車を押して建物の中に入って行くので、私もそうする。入り口では、危険物のチェックをする係員がいて、金属探知器のような物で荷物の回りを探られるが、特に問題無しで通過。ブリティッシュミッドランドのチェックインカウンターで乗る飛行機を変えたいというと、チケット売り場に行けとのことなので、片隅にあるカウンターに向かう。一本遅らせたいと言うことがなかなか通じず、苦労したが、結果的にはOK。次の飛行機という意味で「Next」と言ったのが良くなかったらしい。それはそうだ。これでは次に出る予約していた飛行機になってしまう。 観光する時間ができたので、早速、ダブリン市内に戻ることにする。空港周辺の標識には、自転車のマークがあり、それに従って走って行くと、往路とは違う道に出た。これでもダブリン市内に行くことが出来るし、若干近道のようなので、こちらのルートの方が良いかも知れない。いずれにせよ、同じ道を通るのも芸がないので、これで良しとし、先を急ぐ。 |
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先ほど高速道路のような道とは入り口で合流したので、あとは良く知った道だ。市内に入り、真っ先にマウントジョイ警察署に出向いて、盗まれて戻って来なかった物を盗難証明書に追記してもらう。担当者は目を見張るような美人婦人警官で、びっくりしてしまった。 警察署を出て、自転車の鍵を購入するべく、自転車店を探す。昨日のこともあり、これがなければ、安心して観光もできない。自転車店にこだわらず、モーターバイクの店や、工具を扱っている店で、鍵を探すが、やはり、こちらでは盗難が多いらしく、U字型をした重量のある高価な鍵しかない。これを買えば安心ではあるが、とても重いし、今日だけの利用なので、ためらってしまう。 あちこち探しているとアウトドアショップが有ったので、店の前に出ている店員に自転車店の場所を聞くと、快く教えてくれた。しかし、その場所に行ってみると、定休日。他の自転車店をリフィー川沿いに見つけて、日本でもよく見かけるスタイルのワイヤーロックを購入する。 |
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これでやっと安心して観光ができる。トリニティーカレッジの入り口を自転車と共にくぐり、目的のケルズの書が見学できる図書館の前に自転車を止め、鍵をかける。 1階の窓口で入場料を支払って、チケットをもらう。なんと各国語のパンフレットの中には日本語がありびっくり。アイルランドに来て、初めて日本語を見た。ケルズの書は、6世紀頃に修道士によって書かれたキリスト教の福音書で、美術的に見てもとても価値の高い物だ。基本的に文書だけだが、一部の文字が絵的に表現されていて、宝石が埋め込まれたように飾られている。そのようなページを開いてこの図書館の特別室で展示しているわけだ。 この図書館自体もかなり古い建築物で、著名な建築家による増設も含め、見るに値する物だ。書棚に納められている書物も歴史的に価値の高い古い物ばかりだし、廊下に整列してある人物の胸像や、現存する最古のケルティックハープなど、展示物全てが興味をそそる物ばかりだ。1階の土産物屋でかさばらない物を購入して、さっさとダブリン空港に向かう。自転車の後ろに積んだバッグは、土産が増えた分、満杯になってしまった。 |
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来た道をそのまま戻る。早朝通った高速道路のような道と違い、舗装状態が悪く、後ろで荷物が踊っているのがわかる。無事アイルランドでの最後の自転車走行を終え、空港に到着。例によってずかずか自転車を押してターミナルビルに入り、チェックインカウンターの目の前で自転車を分解しパッキングをはじめる。 後ろの荷台を外すときにふと荷台の支柱の付近を見ると、パイプが割れている。さっきの悪路でやってしまったに違いない。走り終わった所で発見とは、幸運だと思う方がよいだろう。最初からこの問題があったなら、荷物を持ってのサイクリングはできなかっただろう。自転車のパックが完了し、無事チェックインを済ませ、免税品店で買い物をする。海外に来ると決まって母親へは身につけるアクセサリーのような物を土産とするが、今回はクラダリング(アイルランドでは著名な指輪で両手で王冠を支えている形の指輪)のデザインをあしらったブローチにすることにした。 サテライトで搭乗を待ちながら、飛行機を眺める。さすがにアイルランドの空港だけ有って、アイルランド国営のクローバーのマークを付けたエアー・リンガスの飛行機が多い。エアーリンガスはロンドン行きの便も頻繁に出ているが、ヒースロー空港ではなく、ガトウィク空港行きばかりなので、成田へ向かう便への乗り換えを考え、ブリティシュミッドランドを選択したのだった。搭乗したブリテシッシュミッドランドはアイルランドの地を後にした。窓から見える景色は、心和む緑の大地である。 |
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90分ほどで、ロンドンの上空に到達。窓から見る景色は、ダブリン郊外と対照的に建物ばかり。飛行機がどんどん高度を落としてゆくと、きれいに並んだ住宅が眼下に見え、庭の緑の芝生に水をまく人などが見えるようになる。きっと飛行機の騒音はスゴイ物なのだろうなと思っている内にヒースロー空港の滑走路に着陸。 ヒースロー空港はターミナル123とターミナル4はかなり離れているようで、地下鉄の駅も異なる。1995年に利用したときも、どちらのターミナルか解らず、困惑したことがあった。今回は、イングランドに入国するわけではないので、ターミナル間を移動するバスを利用することになる。 ターミナル4を指示した掲示に頼って、ひたすら歩いてゆくと、バス乗り場があり、待合室があった。私と同じ便に乗ると思われる日本人らしき人も何人かいる。重たい荷物を担いでトイレに入り、出てくるとすぐにバスが到着。乗車の指示が出て、自動ドアが開いたので、乗り込む。 |
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こんなに移動するのかと思うぐらい空港施設内をぐるぐるまわって、やっとターミナル4に到着。バスを降りてからは、標識に従い、ぐるぐる迷路のように通路を歩き、係員のいるゲートのような所でパスポートを見せて、やっと出発ロビーに到着。 成田に向かう飛行機の搭乗開始までには1時間ほど時間があるので、ターミナルビル内の免税品店をうろうろする。書店のショーウインドウには、アジアの経済危機に関するハードカバーの本が並べられている。なんと表紙に写っているのは、倒産した山一証券の社長で、報道で有名な渋い顔をして頭を下げた姿が横から映されている。本人の承諾など得られている分けないだろうから、勝手にこのような肖像を使って問題ないのだろうかと、びっくりしてしまう。 1995年にイングランドに来た時に空港で見た、PSION(サイオン)というPDAが気になっていたので、電機製品を扱っている免税品店を物色する。ビジネスウーマン風の女性が、古いバージョンのPSIONを持ち込んで、新しいのを購入するのだろうか、データの互換性や移し替えについて店員と話し込んでいる。こちらではかなりポピュラーなのだろうか。このPSIONは正式な日本語化がされているわけではないし、興味本位で出せる金額ではないので諦める。 当然ながら出発ロビーは日本人でいっぱいだ。この1週間、ほとんど日本人を見なかったので、何とも言えない感じ。別の搭乗口近くに座るスペースを見つけて、ぼーっとしている内に、搭乗案内が流れた。列が短くなったのを見てから、列に並んで搭乗する。 |