ベリーズ・ノーザンハイウェイサイクリング

ベリーズ・ノーザンハイウェイサイクリング 詳細
2002年12月29日 日曜日 オールド・ノーザン・ハイウェイを走りアルトゥン・ハ遺跡へ


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走行ルート
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D*Victoria HotelTower Hill橋Old Northern Highwayへの分岐点MaskalChicagoSantanaLucky StrikeAltun Ha遺跡Lucky StrikeNew Northern Highway合流点Belize City
天候
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快晴のちくもりのち雨
宿泊先
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ボランティア事務所
走行データ
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最高時速:28.1km/s
積算距離:3618.1km
走行距離:112.4km
走行時間:6時間35分57秒
平均時速:17km/s
支払い
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朝食調達
チョコレートバーBZ$1.50
クラッカーBZ$1.25
ピーチジュースBZ$1.00
Mineral Water(600ml)BZ$1.00
Fanta GrapeBZ$2.00
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D*Victoria Hotel 07:50着
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宿泊したD*Victoria Hotels5tr
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宿泊したD*Victoria Hotel

朝起きて、恐る恐る窓の外を見ると、雲一つ無い晴天。今日は、今回のサイクリングで一番の長距離区間で、未舗装が10km以上あり、著名なマヤ遺跡のアルトゥン・ハ遺跡もある。天候が悪ければ、サイクリングを終え、バスでベリーズ・シティーまで帰ろうと思っていたぐらいだが、久しぶりの快晴に、やっぱり来て良かったと急に元気が出てきた。

チェックアウトして、ホテルの前の商店で、クラッカーや、チョコレートバーなど、朝食になりそうな物を購入して、ホテル前で写真を撮ってスタート。

Tower Hill橋 08:15着 08:45発
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みごとな茅葺き屋根の建物s5tr
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みごとな茅葺き屋根の建物
New Riverの料金所s5tr
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New Riverの料金所

オレンジ・ウォークの町を出て、もうそろそろニュー・リバー川にかかる橋が見えてくるかと思っていたら、M氏から電話があり、路肩に自転車を止める。M氏は島にダイビングに行っているのだが、天候が悪いとのこと。ここからそれほど離れているわけではないのに大違いだ。

すぐに、大きな茅葺き屋根が見えてきたと思ったら、すぐにニュー・リバー川にかかるタワー・ヒル橋に到着。この橋の脇には、マヤ遺跡である、ラマナイ遺跡へ行くボート・クルーズが発着する桟橋があって、一度利用したことがあるので、覚えている。そして、この橋は、ベリーズ国内では唯一の有料道路の区間であるが、休日のため、料金所には人がおらず、無料。前回来たときも、休日だったため、料金徴収の現場を目撃できていないというわけで、本当に現在でも料金を取っているのだろうかと、疑ってしまう。

先ほど買った食料を朝食として口に放り込みながら、橋からの景色をカメラにおさめている内に30分が経過してしまった。もうこんな時間だ。今日は距離があるので、もっと早くホテルを出て、ここを8時前には通過する予定だったが、あまりにも天候が良く、のんびりしてしまった。

Old Northern Highwayへの分岐点 08:53着
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いよいよOld Northern Highwayに入るs5tr
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いよいよOld Northern Highwayに入る

タワー・ヒル橋を渡るとすぐ右側に入る真新しい道があって、その奥、ニュー・リバー川に出たところに桟橋が出来ている。ここも観光用のボート・クルーズが発着する桟橋なのだろう。川のたもとの桟橋では不十分なほど観光客が来るのだろうか疑問だが、観光設備を徐々に拡充していることがわかる。

そして、すぐにオールド・ノーザン・ハイウェイへの看板が現れた。ノーザン・ハイウェイは、オレンジ・ウォークとベリーズ・シティーの間、近道をする形の新しい道を建設して、古い方の道はオールド・ノーザン・ハイウェイとなった。今回、新道を通らず、あえて旧道を走ろうと思ったのは、途中、アルトゥン・ハ遺跡があるため見学したいのと、なんといっても、集落もないところに直線的に作ったバイパスのような道を走っても面白く無さそうだからだ。

未舗装区間(約3km)終了 09:05着
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オールド・ノーザン・ハイウェイに入って、すぐに未舗装になった。オールド・ノーザン・ハイウェイの道の状態については、事前に車に同乗して下見に来たので、ほとんど理解している。オールド・ノーザン・ハイウェイの内、オレンジ・ウォーク州側は未舗装区間が多いが、ベリーズ州にはいると、100%舗装されている。

未舗装区間に入って、3km程の所で、未舗装区間を出て、舗装になった。本日のスタート地点から11.66kmの地点である。3km未舗装と言っても、過去は舗装されていたが、補修をしていない区間という感じで、舗装の名残がたまに土の合間に見えることがあった。そして、未舗装と言っても、車が通って、踏み固められているので、石が少ない轍の跡などを選んで走れば、舗装路よりも新道が少ないぐらいの場所もあるぐらいだ。

未舗装区間開始 09:27着
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13kmほど未舗装だが走りやすい路面s5tr
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13kmほど未舗装だが走りやすい路面

本日のスタート地点から17.05kmの地点で、道は再び未舗装になった。今度の未舗装区間はとても長く、これを過ぎ、ベリーズ州に入れば、オールド・ノーザン・ハイウェイの残りの区間は全舗装だ。昨日の雨にもかかわらず、おおむね走りやすい路面だが、たまに水はけの悪い区間に出くわと、路面が泥沼化していて、無理に自転車で走っていると、泥が泥よけとタイヤの間に挟まってしまい、走行に支障が出る。ということで、100mほど押す区間が数回有った。

Rancho 10:28着
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もうそろそろだろうと思っていたところで、ランチョの集落に入る。この集落まではオレンジ・ウォーク州内で、見かけたことのないバスとすれ違ったが、このランチョとオレンジ・ウォークの町を結んでいるローカル・バスなのかも知れない。

ベリーズ州との州境は、ランチョの集落を越えたところで、そこまでが未舗装区間だ。このオールド・ノーザン・ハイウェイはこの集落にとっては、メイン・ストリートであり、歩いている人もいる。ゆっくり抜かしざまに挨拶をして、先を急ぐ。

未舗装区間(14km)終了 10:38着 10:51発
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Rancho村を過ぎBelize Districtに入ると道は舗装されるs5tr
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Rancho村を過ぎBelize Districtに入ると道は舗装される

ランチョを過ぎ、本日のスタート地点から30.87kmの地点で、ベリーズ州に入った。ここからは、ほんの数十メートルほどの未舗装区間が途中現れる程度で、ずっと舗装である。

時間が経過したからか、それとも、ひたすら南に向かっているからか、雲が多くなってきた。前方から分厚い雲がそれなりのスピードでこちらに向かってきているのがわかる。朝かかってきた電話によると、島の方は曇っているとのことだったが、そのエリアに近づいているからなのかもしれない。

Maruba Resort 11:27着
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リゾート地の周辺道路は再舗装されていたs5tr
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リゾート地の周辺道路は再舗装されていた

オールド・ノーザン・ハイウェイの区間中、一番大きな集落である、マスカルの手前に、観光客相手のリゾート地、マルバ・リゾートがある。そこからの道路は近年再舗装されたようで、色も違う。

Maskal 11:39着 11:59発
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Maskall村でNorthern Riverを渡るs5tr
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Maskall村でNorthern Riverを渡る

新しい舗装路を軽快に走って、マスカルに到着。川沿いにある雰囲気の良い集落だ。ここまでは、日にほんの数本だが、ベリーズ・シティーからバスも来ている。橋の手前に、川に着きだしたような建物があり、壁に「GUEST HOUSE」と書いてあるが、上から消してあるので、今はゲスト・ハウスではないのだろう。その前を通り過ぎると、この建物の所有者なのか、欧米人らしき白人男性が建物の前で作業をしていて、何か言いたげにこちらを見てニコニコしている。話をする機会もなく、手を振って通り過ぎる。

Chicago 12:26着
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ときおりハイウェイ沿いに現れる湿地帯s5tr
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ときおりハイウェイ沿いに現れる湿地帯

マスカルの中心部を過ぎると、すぐに家が少なくなってきた。マスカルで昼食を食べる予定だったが、そんな感じの店はなく、結局通り過ぎてしまった。食べ物は、次の目標である、アルトゥン・ハ遺跡でも何かありそうだが、少なくとも、水が少ないので補給しておくべきだった。と思って走っていると、左側にガソリン・スタンド兼、商店があったので飛び込む。店に入って水を買い、店の客と店の主人が何処まで行くんだと尋ねるので、サイクリングのコースついて話をする。店の中で、アップル・バナナという小ぶりで美味しいバナナが目に入ったので、売ってくれと言うと、なにも言わず半房を渡してくれた。いくらか値段を尋ねると、タダで良いので持っていけという。1ドルコインを差し出すが受け取ってくれないので、好意に甘えることにする。

Santana 12:33着
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マスカルを過ぎて、沿道に家々が頻繁に現れるようになってきた。家の前に何人かの人が集まっていて、私に気が付いてこっちを見ている人に手を振ると、「メリー・クリスマス・ハッピー・ニュ・イヤー」と声がかかる。先ほど通過したシカゴという集落に続いて、今度はサンタナという集落を通り過ぎる。どの集落も、道沿いには数軒の家しか見えないが、奥にも家があるのだろうか。

Lucky Strike 12:46着 12:49発
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Lucky StrikeからHighwayを離れてAltun Haへs5tr
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Lucky StrikeからHighwayを離れてAltun Haへ

また集落が見えてきた。もっと先かと思っていたラッキー・ストライクの集落だ。マスカルを出てから、あっという間に到着してしまった感じだ。ここからアルトゥン・ハ遺跡までは、ノーザン・ハイウェイから離れて、未舗装のロッックストーン・ポンド・ドーロという名の付いた道を5kmほど西に行き、またここに戻ってくることになる。

この分岐点には家が何件かあり、お昼時だからか、人気が多い。少々走って行くと、沿道に、民芸品など並べている観光客相手の土産物屋があって、そちらにも地元の人が集まっている。私の自転車が珍しいのか、ヘイ!!という感じで、威勢良く声をかけてくる。

Altun Ha遺跡 13:03着 14:47発
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プラザAで最古の建造物「緑の墓の神殿」s5tr
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プラザAで最古の建造物「緑の墓の神殿」
「太陽の神殿」下部の左右にある太陽神のマスクs5tr
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「太陽の神殿」下部の左右にある太陽神のマスク
Altun Ha最大の遺構「太陽の神殿」s5tr
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Altun Ha最大の遺構「太陽の神殿」
マヤ遺跡の入り口の碑s5tr
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マヤ遺跡の入り口の碑

観光用の車両が沢山通るためか、踏み固められた未舗装の道を、快調に走っていると、アルトゥン・ハ遺跡に到着。5kmの道のりを15分ほどで走ってきたので、舗装路と変わらないペースだ。駐車場には1台のバスと、数台の車が止まっていて、さすがに観光地だと思わせる。周囲には数件の土産屋が出ているが、残念ながら、食事が出来るような店は出ていない。

自転車を押して係員のいる小屋に行き、身分証明書を見せてベリーズに住んでいることを伝えると、入場料は無料だった。休憩所の脇に水道があったので一服していると、遺跡見学を終えて戻ってきた観光客のグループの中の男性が、私の自転車に興味を持ったようだったので、折り畳みの実演を見せてあげる。彼らは、米国各地から来た6人ほどのグループで、北の方からずっと南下していると言うと、これから、北の方に行くので、地図を見せて欲しいという。そして、これらの地図はどこで売っているのかと聞くので、ベリーズ政府発行の官製地図で、政府の窓口で扱っていると答える。しかし、品切れの区間があまりにも多く、1年待っても入荷しないので、結局、米国の通販サイトから購入したと言うことも付け加えた。自転車も同様に米国から通販で買った物だと話したが、当の米国人に、あなたの国から買ったのだと、説明するのも変な感じだ。

のどが渇いたので、休憩所の脇の土産物屋で、ファンタ・グレープを買って飲む。さすが観光地価格で、$2だ。その店の前で、地元の子供達だろうか、5人ぐらいが遊んでいて、しきりに一緒にマーブルをやろうと私を誘う。マーブルとは、日本で言えばビー玉遊びのような物らしく、離れたところから、ビー玉を投げて、目標に当てて遊んでいる。私は、時間がないのでと断り、自転車と荷物をしっかりと柱にくくりつけて、見学を開始する。子供達にいたずらでもされないかと、少々心配だが、すぐ隣には係員もいるし、大丈夫だろう。

まず、一番手前の建造物に登って、全体を眺める。右前には緑の墓の神殿と呼ばれる建造物が見え、左奥にある最大の建造物は、ベリーズで唯一のビールのブランドである、ベリキンのシンボルになっている太陽の神殿だ。ここからは国宝級と言われるヒスイの頭部像が出土している。ガイドブックなどで昔の写真を見たイメージでは、半分ぐらいが草が生えた土に覆われ、緑色のイメージがあるが、発掘が進んだのだろう、石の地肌が現れて、イメージがずいぶん違っている。何十年か後に再訪することが有れば、ほとんどの低い建造物を覆う緑色の絨毯は全て取り払われていて、現在とは異なる景観になっている可能性もある。

次に、中ぐらいの高さのA-3というコードの付いた建造物に登り、パノラマ写真を撮り、迷路のようになった低い建造物を経由して、太陽の神殿に登った。頂上には、マヤの家族や、メスティーソのグループが来ていた。ここからアルトゥン・ハ遺跡の全体はもちろん、森で囲まれた周囲が一望できる。

太陽の神殿から下って、先に下ったマヤ民族の家族が、出口と反対側に向かってゆくので、付いてゆく。こっちの方角に池があるということは、休憩所の案内で見ていたが、ちゃんとそこまで行く道があるようだ。ひたすら歩くこと、10分ほどで、池に到着した。マヤの家族のお父さんが、ここれは人工の池だと説明してくれた。その証拠に、池の底は、切り出された岩で覆われているという。この家族は、そのマヤの末裔というわけで、彼らから直接そのような話を聞いて、なんだか納得してしまう。ハイウェイから分かれた道が、ロックストーン・ポンド・ロードという名前なのも、この池が由来なのだろう。

もう2時半をとっくに過ぎている。見学を切り上げて、早足で、入り口に戻り出発する。見学に1時間ほどだろうから、2時には出発できるかと思ったのが甘かった。それだけ見所のあるマヤ遺跡だったと言うこともできるだろう。

Lucky Strike 15:03着
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アルトゥン・ハ遺跡から出て少し行くと、集落があり、さっきマーブルを一緒にやろうとうるさく誘ってきた子供達がいた。彼らは、畳まれていた自転車がこのように組み立ててられて走ってきたことに、驚き、止まって見せてくれとせがむが、時間がないので、勘弁してもらう。それにしても、異人種の私に臆することもなく、純粋な子供達だ。その後、同じ方向に向かって、自転車で走っている若者とこれからどこに行くのかなどと話になった。天候に関しては、これから下り坂だという。彼と言い、子供達と言い、地元の人にとても素朴な印象を受けた。

その若者とは、スピードを落として話をしながら、彼の家の前まで一緒に走り、別れを告げて、走行スピードを上げる。ラッキー・ストライクの集落に戻ってきて、オールド・ノーザン・ハイウェイに入る。立ち止まることなく、先を急ぐ。

雨宿り 15:40着 16:07発
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ラッキー・ストライクの集落から数kmきたところだろうか、雨が降ってきた。ほんの小雨だが、ちょうど、大きな木陰があったので、その下で雨が通過するのを待つ。しかし、雨は通過するどころか、どんどん強さを増して、枝葉の間から雨が滴ってくる。ふと、近くを見ると、家があり、その前にバスを待つための屋根つきのベンチがあったので、そちらに移動して本格的に雨宿りをする。その間、皮肉にも、数少ないベリーズ・シティー行きのバスが通り過ぎた。このまま雨が止まなければ、バスで移動するのも良いかと思ったが、もう遅い。

家の庭では、若者が数人で、サッカーをしている。雨の中でずぶぬれになっているが、お構いなしだ。たまに、サッカー・ボールがベンチの前に転がり出てきて、それを取りに出てきた男の子と、やあ、という感じで、目を合わせる。

それにしても、雨は止まない。それよりも、蚊が多くて、やっつけてもやっつけても、襲ってくる。もうしびれを切らして、このようなときのためにと用意してきた、黒いゴミ袋に穴を開けて、かぶり、頭と腕を出して、上半身だけ雨を避けられるようにする。そして、常備していて使うことの無かった、ビニール製のふくらはぎの位置まであるスクーター用のブーツ・カバーを出して走り出す。前のバッグは専用のカバーで覆っていて、中身は雨に濡れることはないし、走行しているとそれが雨よけになって、足の太股部分も、思ったより濡れることは無い。

New Northern Highway合流点 16:29着 16:37発
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かなり強く降っていた雨は、距離を移動するに従い、徐々に弱くなってきた。それにしても、もうそろそろ、合流はずのニュー・ノーザン・ハイウェイが、なかなか現れない。雨を物ともせず、がんがん走っているつもりだが、思ったより進んでいないようだ。と思っていたら、沿道に家が増えてきて、前方を横切る車が見えてきた。やっとオールド・ノーザン・ハイウェイの終点である。

正面に、しっかりしたバス停の建物が目に入ったので、ニュー・ノーザン・ハイウェイを横切って、そこに飛び込んだ。誰もいないと思ったら、初老の男性がいたので、びっくりして挨拶をする。その人に、ベリーズ・シティーまではどのぐらいの距離があるのか尋ねると、20マイルだと言う。地図で見ればわかることだが、地図は折り畳んで、ビニール袋に入れたままなので、広げて全体の行程を確認するのを嫌って尋ねてみた。20マイルというと、まだ30km以上もある。オールド・ノーザン・ハイウェイを無事に走り終え、もう終点が近いような気になっていたが、まだまだだ。

日没が気になってきたので、早々にバス停を出て雨の中、走行を再開する。と思ったら、ほんの10m走ったところで、雨はぴたりと止んでしまった。しかし、油断は禁物。またいつ降ってくるかわからないので、雨具はこのまま付けたまま走ることにする。

Bullell Boom方面への分岐点 17:05着
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Burrell Boom村への分岐点s5tr
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Burrell Boom村への分岐点

上半身にかぶった、ゴミ袋をばたつかせながら、雨上がりのノーザン・ハイウェイをひた走る。8kmほど走ったところで、バーレル・ブルームという比較的大きな集落方面から来る道と、合流するY字路に到着した。右側には、データ・プロと言う、国内最大のコンピュータ・ソフトウエア企業の広大な敷地があって、良く見ると講堂のような物まであり、ビックリする。往路、バスで通ったときには多くの人がバスから降りていったのを思い出した。それなりの数の人が働いているのだろう。さすがに雨はもう降らないだろうと、雨具を脱ぐ。

前方の、道が合流するところでは、検問をしていて、車が何台か繋がっている。その脇をすり抜けて、検問をしている役人に挨拶をして、先に進む。この辺は、レディービルという村で、先ほどのデータ・プロ以外にも、国際空港や、企業の工場などがあり、ノーザン・ハイウェイの沿道には、ぽつりぽつりと、工場などが現れる。5時を過ぎて、工場で働いてい多人達が、ヒッチ・ハイクで帰宅するためなのか、ハイウェイを行く車に手を挙げている。よく考えると、今日は日曜日なので、不思議である。

Ladyvill 17:34着
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DATAPROの看板が沿道に続くs5tr
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DATAPROの看板が沿道に続く

ハイウェイ沿いに、どんどん家などが増えてきて、レディービルの中心部に近づいていることがわかる。それにしても、沿道には、データ・プロの看板がひっきりなしに出ている。地元にとっては、大きな税収と、雇用を確保できる、優良企業なのだろう。

だいぶ薄暗くなってきたと思っていたら、国際空港に向かう道とのT字路に到着した。そこを越えたところで、ダイナモを回す。この辺はレディービルの中心地で、町灯りがあるが、すぐに真っ暗になるので、今の内にヘッド・ランプを稼働させる。

Haulover橋 17:54着
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ノーザン・ハイウェイは、すぐにベリーズ川沿いに出た。道の左側は、たまに建物があり、灯りが目にはいるが、右側はすぐ川なので、真っ暗だ。も川沿いの道は、昼間で有れば、それなりに景色の良さそうだと思っていたので、少々残念だ。ちろん、ハンドルの前に付けてある地図も、暗くて見ることもできないので、後どのぐらいの距離があるのかも把握できない。

かなり走って、やっとベリーズ川にかかるハウロバー橋を渡る。ここからベリーズ・シティーだ。しかし、まだまだ暗闇は続く。橋を渡ったら、町灯りが見えてくるかと思っていたが、ベリーズ・シティーの中心部には、まだ距離があるようだ。

Belize City 18:11着 19:30発
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沿道には、工場などが増えてきて、前方に見える灯りも、強さを増してきた。と思ったら、雨が降ってきた。雨具は既に脱いでいるので、何処かの建物の軒先で、雨宿りしようと、右前方に見えた、小屋に近づくが、軒先などは皆無。しかし、すぐ隣には、屋根のあるスペースがあったので、迷わずそこに入る。他にも自転車の人が一人飛び込んできた。

時計を見ると、もう6時を過ぎている。今日は、コーディネーターのM氏から夕食を誘われていて、宿泊予定である事務所に着いたら、電話することになっていた。しかし予定より遅れているので、ここから連絡を入れようと思い、携帯電話を取り出すが、電源が切れている。バッテリー切れのようだ。ふと正面を見ると、何度か来たことのある、中華料理店のフレンドシップ・レストランがあり、店の前には、公衆電話がある。道を渡って、雨の中電話をかけると、すぐにM氏につながり、そのフレンドシップ・レストランで食事をしようと言うことになった。日没後、何度か携帯電話に連絡をくれたそうだが、バッテリー切れていたので、心配をかけてしまったようだ。

出来るだけ雨水を拭って、自転車を折り畳んで、店に入り席に着く。お店の人に、後から何人か合流することを告げ、トイレに入り、戻ってくると、コーディネーターのM氏とご家族が到着していた。早速ビールをご馳走になる。走った後はこれがうまいのだが、雨に濡れてしまい、のどが渇いているという感じでもない。そして、今日はまともな食事はほとんどしていないので、よっぽど空腹だったようで、アルコールが一気に体に吸収されて、気分が悪くなってきた。食べ物も、思ったほど食べられない。

時間の経過と共に、気分は少々回復し、夕食会はお開きになった。雨は止んでいる。ノーザン・ハイウェイの終点、フラッグスと呼ばれるランナバウトまでは、もう3km程先に行ったところだが、今日はここで走るのを終え、M氏の自家用車でボランティア事務所まで送ってもらう。

ボランティア事務所 19:36着
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ボランティア事務所の建物前に到着して、M氏と家族にお礼を言って別れる。事務所に入り、早速、バスタブにお湯を入れて、お風呂に入る。自宅にはシャワーだけなので、事務所に泊まるときはこれが楽しみだ。

そして、忘れもしない去年の今日である12月29日は、首都ベルモパンから、自転車でウェスタン・ハイウェイをひたすら走って、ベリーズ・シティーに来たのだった。あの時は、愛車Bromptonでの長距離走行はまだほとんど経験が無く、左足が痛くなり後半ペースが、かなり落ちたのだが、今回は、それ以上の距離と、未舗装区間を走ったにもかかわらず、肉体的な疲れは、ほとんど感じない。あれから一年間、ベリーズ国内のいくつかのハイウェイを走り、残すところ、南部の、サザン・ハイウェイのみとなった。などと考えながら、今年も、一年の垢をこのバスタブで落とす。

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