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暗い内から起きだし、カレーライスの朝食を食べて出発。ベリーズは今乾季で、天候が良く、そして朝はまだ涼しく、すこぶる調子がよい。 今回のサイクリングでは、Y氏から借りたザックをリアキャリアの上に装着している。このザックが有れば、長距離のサイクリングも可能になるだろう。今回はそのザックを装着した走行の予行演習も兼ねている。 今日の予定は、グァテマラ国境に近い町、ベンケ・ビエホ・デル・カルメンまでバスで輪行していって、国境で折り返して、手前のサン・イグナシオに戻る計画だだった。しかし、毎年イースターの土曜日にベリーズ・シティーからサン・イグナシオを往復する自転車の国際ロードレースの様子を見てみたいと思い、予定を変更することにした。このまま自走していけば、一度レース集団に抜かれ、サン・イグナシオで折り返したレース集団とすれ違うことになる。 バスターミナルにはバスを待っている人がちらほらいる。イースター期間の初日の金曜日は、バスが激減するようだが、今日はバスが運行されているようでほっとする。予定が変わり、バスを使う必要はないので、もうどうでも良いことなのだが。 |
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ベルモパンからは一度ハミングバード・ハイウェイに出て、ウェスタン・ハイウェイに向かう。ウェスタン・ハイウェイに突き当たったところで、左に曲がり、西に向かう。すぐに橋があり、そこを越えるとローリング・クリークの村だ。 数ヶ月前に、Wさんと彼の同僚とで、カマロテまではこのルートを走ったことがあるのでだいたいの道の様子はつかんでいる。道幅は広いが、舗装されているのは真ん中だけで、路肩は広く未舗装のままだ。たまに通る車のスピードはかなりのものだが、ほぼ直線で、見通しも利くので危なくは無さそうだ。 しょっちゅう省庁のオフィスに顔を出すおじさんとか、家のフェンスの工事を手伝っていたおじさんとかが歩いていて、すれ違いざまに挨拶をする。一人には、どこに行くんだと聞かれ、国境までこの自転車で行くと答えるが、信じていないようだった。 不思議なドーム型の家を右手に見て、カマロテの村に入り、今年になってできた、イギリス人がオーナーのリゾート地の入り口に到着。前回は、このリゾート地の近くにWさんの同僚のお母さんの家があって、そこに遊びに行ったのだ。質素な建物で暮らしているが、毎年のように米国に住んでいる娘さんの所を訪問するぐらいだから、決して貧しいわけではなく、田舎暮らしが好きだと言った感じである。ローリング川沿いに広い敷地と、広い農地を持っているようだった。 |
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ウェスタン・ハイウェイも、カマロテを過ぎると、道の状況は詳しくない。2度ほど途中まで自家用車に乗せてもらって移動したのと、一度だけサン・イグナシオまでバスで往復したことのあるだけだ。知っているのは、途中、山の北側斜面を横切る、峠道のような区間があることぐらいだ。 道端にサン・イグナシオのビーナス・ホテルの看板があった。今日明日と2泊ここに泊まる予定で部屋を確保してある。サン・イグナシオまではまだ距離があるが、こんなに手前に看板が出ているとはちょっとびっくり。 ティーケトル村はとても小さな集落だが、ハイウェイ沿いには質素な教会があり、壁には素敵な絵が掛かっていた。ティーケトル村を過ぎると、すぐに峠道のような区間があった。もっと先かと思っていたら、意外と手前にあり、びっくり。もうこんな所まで走ってきたのかと、過去車で移動したことのある道を走ると毎回そう思う。 |
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右に折れる道が見える。ここを右に折れて、橋を渡るとスパニッシュ・ルックアウトだ。一度、車で連れて行ってもらったことがあるが、このスパニッシュ・ルックアウトは、ドイツ人のメノナイトという宗教の人の入植地の国内最大のもので、独自にいろいろな物を作って、ベリーズ国内に流通させている。牛乳やアイスクリームなどの乳製品はここのウエスターン・デイリーズという会社がほとんどのシェアを持っていて、毎日のようにお世話になっているし、大規模の養鶏設備にて鶏肉を生産している会社もあり、スーパーマーケットでは良く商品を見かける。そして、そのスパニッシュ・ルックアウトは、丘の景色が広がり、ヨーロッパの田舎という感じであった。まさしくドイツ人の心のふるさとだ。 |
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さて、そろそろ8時に近づいてきた。国際ロードレースの往路は、去年の場合は、8時にベルモパンを通過していたので、そろそろ観戦ポイントを決めて待ち受けようと思う。直線の坂にさしかかり、正面の小さなピークには人だかりがしているのが見える。わたしもここで観戦することにしよう。 一度、道のピークの隣にある丘に登ってみたが、人が多くてカメラを構えるのは今ひとつだと思い、道に降りて観戦することにした。 30分ほど待っていると、モーターバイクやパトカーが通過して、レースが来ることを知らせる。ほどなく、先頭の選手2名が走ってきた。すぐ後ろには、サポートの車が付いている。200mmの望遠レンズを一眼レフカメラに付けて構えていたが、興奮してピントをろくに合わないまま、シャッターを押す。そして、集団が丘を登ってくるのが見える。そして、目の前を通り過ぎて、丘を下ってゆく。この間、何枚か写真を撮ったが、はたしてどれだけまともに写っているだろうか。ピントもそうだが、望遠レンズなので、手ぶれが心配だ。 このポイントはとてもレース観戦には良いようで、レースが行ってしまっても半分ぐらいの人は残って復路を待っている。私もここで観戦しようかと思ったが、サン・イグナシオで折り返して戻ってくるのは時間がありそうなので、先に行くことにした。 |
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ユナイテッドビルという村をすぎると、ちょっとした登りがあり、小さな峠のようになっている。初めての試みだが、ビデオを撮影しながら、ここを下ってみようと思い、片手でカムコーダーを支えて、おそるおそる走り出す。 下ってゆくと、多くのギャラリーが視界に入ってきた。ここも観戦ポイントのようだ。下りきる前に、観光アトラクションなのか、リバー・ウォークという看板があり、ギャラリーが何人か見えたので、そこで復路のレースを待ち受けることにする。 またもや、待つこと30分。やっと先頭の選手が登場。往路と変わらず、2名が先頭交代しながら、トップを維持している。そのあと大きな集団が来た。直線で見通しがよいので、かなり先の方にいる集団が見える。なかなかの迫力だ。 集団が行った後も、10人ぐらいの選手がぽつりぽつり集団を追いかけてゆく。なんとか集団に追いつくことができるだろうか。などと思いながら、観戦ポイントを後にする。 |
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ユナイテッドビルを出て橋を渡るとまた登りだ。今度のピークはとても見晴らしが良く、中華系の人の牧場があり、看板が出ている。スパニッシュ・ルックアウトも遠望できる。 丘を豪快に下ってゆくと、途中、右手に椰子の木が整然と並んだ区間がある。この景色は見覚えがある。 ジョージビルという村に到着。自転車レースが通過して、戻ってくるのをまっているのか、村人の多くがハイウェイに出ている。自転車で通りかかると、自転車が珍しいのか、沢山の村人から声をかけられる。 この村からは南側の山岳地帯に行く道が分岐しており、看板が出ていた。この山岳地帯は、マウンテン・パイン・リッジと呼ばれていて、最高でも標高1,000mぐらいの山があるだけだが、滝などが豊富にあり、リゾート施設もあるそうだ。 |
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ジョージビルを過ぎると、だんだん視界が開けるところが増え、木々が少ない牧場のような景色が増えてきた。得に、台湾政府が援助しているセントラルファームという国営農場兼畜産試験場のようなところを過ぎると、直線の道の両側に大規模な農場が見えてきた。しかし、天気が良くて気温も高いから小屋にでも入れられているのか、家畜は見あたらない。 |
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エスペランザという集落に到着。ここには、コカコーラや、飲料水などの飲み物を扱っている会社の本拠地があって、大きな倉庫と、その前にいつも見かける配送用のトラックが見える。 |
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今までにない規模の集落が見えてきた。サンタ・エレナだ。ここは、カヨ州の州都であるサン・イグナシオとは、川を鋏んで向き合っていて、別な村とは言え、一つの自治体を形成しているようだ。町の中央付近には、メキシコから援助をしたという当時のメキシコの大臣か何かの胸像がある。 サン・イグナシオへ渡る橋の手前で、見かけたことのある人がいた。職場のソーシャル・ワーカーの娘さんでベリーズ大学の学生だ。サンタ・エレナと、サン・イグナシオが共同で主催している毎年イースター期間中の恒例のフェアが開催されているので、遊びに来たのだろうか。 |
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| | San Ignacioの警察署前"WELCOME TO SAN IGNACIO TOWN" |
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サンタ・エレナから、りっぱな橋を渡って、サン・イグナシオに入る。橋の上からは、炎天下、きれいな川が流れの中で川遊びする人が見える。少々下流には、増水すると沈んでしまうような高さの橋が見え、車が渡っているのが見える。今いる橋は一方通行であり、その逆方向に川を渡る場合は、この下流の橋を使うことになっていて、増水して使えないときには、こちらの立派な橋を交互通行にするという。 橋を渡ると、すぐ右側に警察署があり、壁には「WELCOME TO SAN IGNACIO TOWN」と大きく書かれている。さすが、サン・イグナシオは観光拠点である。 今日は、フェアのためこの町は特に人が多いようだ。予約してあるホテルに寄って、チェックインをして行こうかと一瞬考えたが、まだ10時過ぎでもあるし、先を急ぐことにした。 持参した市内地図とにらめっこをして、どちら方面に言ったらベンケ方面に行くことができるか考える。ベンケ方面には、新道と旧道があり、旧道を行こうと思うが、道がよくわからない。どこへ行ったら良いのか迷うほど、道の多い町はベリーズでは数少ない。そもそも町と呼べるような規模の集落は、10も無いのだけど。 少々迷ったあげく、ほとんどの道が警察署の所から分岐していることに気が付き、奥の道を登ってゆく。とても急な上り坂で、最初から自転車を押して上がるが、それでもかなりつらい登りだ。登りの角度が緩くなってきて、道幅も広くなってくると、新道などと合流する交差点に出た。ベンケ方面の看板を見落とさないように先に進む。 |
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サン・イグナシオからは先ほどの丘を登ったのを皮切りに、アップダウンが多くなってきた。足の方は今まで何ともなかったが、だんだん疲れが出てきた。 以前、サン・イグナシオに住むKさんの誕生日パーティーで利用したことのある、レストラン・ルーモアズが見える。この正面には、職場の同僚であるヘンリーさんの親が経営するリゾートがあると聞いていたが、見てびっくり。確かに、「Henry's Eden Resort」という看板が出ている。かなりの規模の敷地に、立派な建物が建っている。明日は、サン・イグナシオの教会で、ヘンリーさんの息子さんの洗礼式があり、この会場でお披露目のパーティーがあり、そこに招待されているのだ。 道はアップダウンをくり返し、1時間ぐらい走ったところで、道のすぐ脇を川が流れるようになり、人々はそこで洗濯をしたり、遊んだりしている。サン・ホセ・スコッツの集落だ。 この村は、シュナントニッチへの分岐点である。シュナントニッチは、ベリーズで一番著名なマヤ遺跡であるが、私はまだ行く機会に恵まれていない。帰路ここに寄る予定である。 |
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| | Benque Viejo del Carmenに到着 |
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サン・ホセ・スコッツを出て川沿いに走ると、程なく、ベンケ・ビエホ・デル・カルメンに到着。町の入り口から、国境に行く人は町の外周の道を行くように指示が出ている。昼食をここで食べてから行こうか、国境から戻る途中にしようか迷いつつ、国境方面にハンドルを向ける。 少々きつい登りの道をゆくと、ベリーズではあまり見ないような立派な道が町の郊外を貫いている。立派な中央分離帯のある、ブルバードと呼ばれる規模の道路だで、道沿いには、食料品店や、中華レストランある。休憩がてらに反対車線の陰に入って、現在位置を確認していると、やたらと足の痛みを感じるようになってきた。通りがかりの人に、現在位置を確認すると、地図上ではよくわからないとのこと。とにかく、国境方向の認識は誤っていないようなので、少々休んだ後、走り出す。 |
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町のはずれに、タクシー乗り場があり、何台ものタクシーが止まっている。バスは、メルチャー行きとなっているが、メルチャーは国境の向こう側のグァテマラ国内の町であり、実際は国境のずっと手前のここがバスの終点とのこと。そして、多くの人がここでタクシーに乗り換えて国境まで行くのだ。 ベンケの町を出て、国境までの沿道は、びっくりするほどなにもないが、ほんの2km程行くと広い駐車場が見えてきて、その向こうに国境の設備と思われる建物が見えてきた。 近づいてゆくと、建物の脇にはゲートがあり、自動車はそこを通るようだ。人々が並んでいるのは、国境を通過するイミグレーションに並んでいるのだろう。現在使用中の建物の手前には、新しい建物を建造していて、もう完成間近という感じだ。車両の通るゲートなど建物の内外に3つぐらい有って、新しい国境設備に間違いないが、いつから使い始めるのだろうか。ベリーズの陸の玄関口となるからだろうか、力が入っているのがよくわかる立派な建物だ。 ゲートの手前から、国境地帯の向こう側にあるグァテマラのゲートのそのまた向こう側を良く見る。初めてみるグァテマラだ。そもそも、陸の国境を見るのは初めてで、もちろん越えた経験がない。 うろうろしていると、両替商のお兄さんから声がかかる。グアテマラの通貨を持っていなければ、両替するという。グァテマラには行かないと断ると怪訝そうな顔をされてしまった。 バナナを2本持ってきたので、それを食べて、国境を後にする。 |
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さっき来た道をベンケ方面に走っていると、なにか変な音がする。自転車を止めて、後輪を見てみると、なんとダイナモが倒れている。自転車レースの往路を観戦した場所で、自転車を寝かせて写真を撮影したが、その時にダイナモが倒れたのだろう。ここまで40kmほどずっとランプを点灯するという無駄な仕事をしていたわけだ。それにしても、このダイナモはそれだけ発電が軽いと言うことで、うれしいやら悲しいやら。 呆れて走っていると、ベリーズへようこそという様なことが書かれた、電話会社の大きな看板があるベンケの入り口に戻って来た。今度は、旧市街に入る。ベンケは古い町だけ有って、町の片隅にある公園などに建てられている石碑などは、少々古そうがだ、家々にそれほど風格などは感じられない。 イースター期間中だからか、それとも、一番暑い時間帯だからだろうか、町の中に人気も少なくとても静かな町というイメージだ。 |
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町の中心部の道を下りながら、昼食を取るためのレストランを探す。持参したガイドブック、ロンリー・プラネットに載っているレストランを探すが、一つは閉まっていたので、途中前を通った、小綺麗なレストランで昼食を取ることにする。 入ると店の中にはお客さんが一人だけ居た。入り口近くの自転車の見えるところに腰掛け、愛想の悪いウエイトレスにコカ・コーラとクラブ・サンドイッチを頼む。出てくるのを待っている間に、旅行者と思われる家族連れのお客さんが入って来たが、ろくに対応をしてくれないウエイトレスに愛想を尽かしたのか、出ていってしまった。 食事を終え、立ち上がったところで、左足が、硬直して動かなくなってしまった。もう一度腰を下ろそうと思うが、膝がまっすぐになったまま曲がってくれない。痛みもひどく、脂汗が出てきた。10分ほど休んで、なんとか歩けるようになったが、こんなことは初めてだ。 このところの私の足は、走っているときはそれほど問題ないが一度休憩して足を休めると、太股から膝にかけて痛くなってくる。以前はふくらはぎも同様にいたくなったが、これは、引き足を使えるような機構がこのペダルには無く、ふくらはぎを使えないため、その分の負担が太股にかかっていると思われる。 |
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| | San Jose SuccotzからMopan川を渡りXunantunich遺跡へ |
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ベンケの町を出て、川沿いに下りの道を足に負担がかからないように、ゆっくりと走っていると、後ろから来た車が私を抜いて、前に停車した。その車を抜こうとすると、私の名前を呼ぶ声がする。ふと見ると、車を運転しているのは、息子の洗礼式を明日に控えたヘンリーさんだ。 ベンケに住んでいる職場の運転手のチャバリエさん宅に運ぶ物があって、通りかかったようだ。足が痛いというと大丈夫かと聞いてくるが、これからシュナントニッチに寄るというと、車に乗って行けと言うこともなく、去っていった。シュナントニッチに行くつもりが無ければ、乗せていってもらいたいところだった。 一度自転車から降りると、また足に痛みが走る。おそるおそる走りはじめると、すぐにサン・ホセ・スコッツに戻ってきた。ここからシュナントニッチに行くためには川を船で渡るのだが、両岸に渡したワイヤーをたぐって20mほど進むようになっているのだ。 乗り場の前に土産店を出しているおばさんに、船はいつ出るのか聞くと、この土産を買ったらすぐにでも出るよと、冗談を言って大笑いしている。 車に乗った家族連れが来たのを見たのか、やっと船を操作する係員が現れた。その係員は、国立公園の管理者の制服を着ているので、入場料のことを訪ねるとベリーズに住んでいる人なら無料だが、チケットを買う窓口でそれを伝えてくれと言う。船は4時までなので、それまでに戻ってくるようにとも言われたが、まだこんな時間なので大丈夫だ。 |
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| | Xunantunichエル・カスティーリョから見下ろすPlaza A-1 |
| | | ベリーズの紙幣にもデザインされているエル・カスティーリョ |
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川を渡って、シュナントニッチはここから1マイルということで、すぐだと思っていたらその考えは甘かった。道はきつい登り坂で、自転車を押すのもやっとだ。ここに来る途中のウェスタン・ハイウェイから、山の上にマヤ遺跡のような物が見えたが、川を渡ってすぐだと聞いていたので、それがシュナントニッチだとは思わなかった。急勾配の道にあえぎながら自転車を押すこと30分で、やっとシュナントニッチの入り口に到着。 ハアハア言いながら自転車を止めて、受付でIDカードを見せて、入場許可をもらう。すぐには見学を開始せず、土産屋で水を買って、屋根のあるベンチで休憩していると、窓口の係員が来て、もう見学の時間があまり無いよと言う。腕時計を見ると、あと30分ぐらいしかない。船の係員が4時までに戻ってこいと言っていた意味がやっと理解できた。 足はガクガクで疲れているが、シュナントニッチは素晴らしい。思ったより整備されている。とにかく、一番高いエル・カスティーリョに登ってみる。すでに上に登っている人が、こちらを見下ろしている。 ガクガクの足を引き吊りながら、登ってゆくと、エル・カスティーリョの脇に彫刻が見えてきた。漆と石で作られていて、文化的価値の高い物らしい。その下を通って、裏側から一番高いところに登ったら、絶景の見晴らしであった。真下にプラザA-1と呼ばれる遺跡が見えるだけで、見渡す限り、人工物の少ない森ばかりが、快晴の青空の下に広がる。 エル・カスティーリョの上で写真など撮った後、急いで下る。下りが疲れた足には応える。来たときとは違うルートを歩いて、入り口まで戻り、窓口氏に挨拶して、シュナントニッチを後にする。 |
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自転車にまたがり、一気に川まで下る。途中、ブレーキが焼き付くのではないかと思えるぐらいの急坂だ。 なんとか、4時までに川に戻ってきた。車が3台ぐらいあったが、それを横目に自転車と共に船に乗り込む。船の係員は、シュナントニッチのチケットを持っているか、各人をチェックしている。私のことは覚えていたようで、顔を見ただけでOKだった。 船から降りると、急いでサン・イグナシオ方面に走り出す。ホテルは、5時にチェックインすると言ってあるが、今日は混むので、遅くなると部屋がなくなると言われている。まさかこんなに遅くなるとは思わなかった。往路、サン・イグナシオを通ったときに、チェックインしておくのだったと反省。 サン・ホセ・スコッツの集落を出たところで、前方に自転車が走っている。登り坂にあえぎながら、徐々に近づくとその人は途中で休憩していて、こちらにインスタントカメラを向けてシャッターを切っている。やっと追いついたときに、どこまで行くのかと聞くので、サン・イグナシオだと告げると、私も同じだと言っている。こちらでは珍しくないスペイン系の混血のおじさんだ。どこから来たのかと問いかけると、英語は得意ではないようで、最初は質問の意味が分からなかったようだが、グァテマラ・シティーから来たという。実用車の前の籠にデイパックを一つほりこんだだけで走っているのだ。どのぐらいかけてきたかと問うと、1週間ぐらいだという。 あまりゆっくり話している暇がないので、その人を促すように、出発する。彼もゆっくりペースだが、こちらはもっと遅いペースなので、上り坂になると差が開く。 |
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道は何度かアップダウンを繰り返した後、サン・イグナシオにずいぶん近づいたところで、人だかりがしている。近寄ると、警察による検問のようだ。連休になると、あちこちでやっているのを見る。なぜか、先に行ったグァテマラのおじさんの自転車が止められていて、警察官になにか聞かれている。私の方は、警察官に行っても良いのかと聞くと、行っても良いというので先を急ぐ。 最後の登りを必死になって登り切り、新道と旧道の合流する交差点を過ぎ、往路必死に押し上げた道を一気に下り、町中に入って1分もかからない内にビーナスホテルの前に到着した。5時ちょうどなので、なんとか間に合ったようだ。 ホテルの建物は、1階は商店になっていて、ホテルは2階から上で、フロントも2階にある。荷物をほどいて、自転車を畳んで、階段を上がろうとしたら、地元の子供達が珍しそうに私の自転車を見ている。上に運んでくれないかと声をかけると、自転車を2人の子供が2階まで運んでくれた。 フロントに声をかけると、部屋の確保はされているようで、私の名前が台帳にあって、フロントの女性は頷いている。若い男性に連れられて、部屋を見に行くと、3階の安い部屋を見せてくれ、安い部屋はこれしか残って無いという。バスルームは共同で1泊$25ほどだ。私の予約したのは、冷房付きのもっと高い部屋だったので、予約してあるのと違うというと、予約してあることを知らなかったようで、最後の冷房付きの部屋を見せてくれた。$60弱なので、予約した部屋よりも安いのでこれでOKだ。 フロントに戻り、水を買って、ソファーで休憩しながら、2泊分の料金を払い、ホテルのスタッフと話などする。私の自転車に興味があるようなので、組み立て、折り畳みを見せてあげると、子供達は大喜びで、私の荷物を部屋まで運んでくれた。お礼に、チョコレートバーを渡したが、これはOさんらバレンタイン・デーにもらった義理チョコだったことを思い出した。ゴメンね。>Oさん。でも有効に使わせてもらったので、来年もよろしく。 早速シャワーを浴びて、2時間ほどベッドに寝ころんで休憩した後、食事に出る。サン・イグナシオは観光客が多くて良い雰囲気だ。レストランも観光客相手の店が多く、値段は高そうだが、選択の余地がある。町中をうろうろして、迷ったあげくにピザを出す店に決定。スパゲッティーとピザ1ピースを頼むと、お気に入りの小瓶のビールであるライトハウスを3本も飲んでから、やっと出てきた。もうお腹はビールでふくれているので、満腹だ。ホテルに戻って、倒れ込むように眠りにつく。 |