深い森がひらけてきたところで左手を見ると、観音様がいっぱい並んでいる。千国街道のパンフレットにも写真入りで紹介されている「前山百体観音」だ。実際には百体あるわけではないが、高さ50cm程の観音様(地蔵様?)が緩やかな弧を描いて並んでいる。
雰囲気も良く、しっかりしたベンチがあるのでお茶の時間とする。ここまで充実した走りであったが、まだ時間は昼前である。私の場合、一人でコンロに灯をともすことは希で、まして食事以外の時間となれば初めての経験であるが、時間に余裕のあるサイクリングとは素晴らしいものだ。
白馬小池駅からスキー場の民宿街に登ってくる道を横切る。ダンプカーが多く、舗装路にもかかわらずとても埃っぽい。さっきまで走っていた極楽のダート道とはえらい違いだ。
民宿街を少し走ると、再び千国街道へのダート道へ入る。車の轍の深いこの道は数軒あるペンションの入り口らしく、ずんずん入って行くとついにペンションの入り口で行き止まりになってしまった。ペンションの周りを見回してもそれらしき道はない。諦めて少し引き返すと、道標もなく谷へ下って行くような道が別れていた。
この道に違いないと直感したのは、行く手にお地蔵さんが落ち葉に埋もれてぽつりと見えたことだ。ブレーキをしっかり握り、落ち葉のおかげでダートの路面がほどんど見えなくなっている道をおそるおそる下る。
直線的に急坂を下り終え、右にカーブするとすぐに車道が見えた。心地よい空間はあっけなく車の喧噪にかき消されてしまった。さっきから夢の世界と現実の間を行ったり来たりしているようだ。
民宿街を抜け、田園地帯の舗装路を走る。小さな丘を登り切りちょっぴり高原の雰囲気を漂わせた地帯を走る。地図を見ながら旧道との分かれ道を見失わないように注意して走っていると、広場を横切るような方向を示す千国街道の道標が道端に現れた。中途半端に整地された不思議な一角であるが、道標がしっかりしているのでそれに従う。ダートの道は何度か直角に進路を変えた後、別荘地のように整備された区画に入って行く。
道は林の中を進むようになるが、途中別荘地内のきれいな太い舗装路を横切る部分だけアスファルトではない敷石をコンクリートで固めたような横断路になっている。文化財である千国街道保護のためなのであろうが、とても違和感を感じる。
別荘地を抜けるとダートの道は森の中を谷に向かって徐々に下って行く。だんだん道は細くなり、人がすれ違うのがやっとの道幅になった。高圧線の下を横切り、いよいよ本格的に谷に向かって下る曲がりくねった道になった。さすがにサドルから腰を外し、一瞬躊躇しながら押して下る。道標の通りに来たはずなので間違いはないはずだと自分に言い聞かせる。谷を挟んで反対側には車道があるらしく、車の音がしてきた。腐りかけた細い木の橋を慎重に渡り一気に下ると、車道脇の広場に出た。ここには立派な千国街道の標識があるが、反対向きのコースであればこの登りにはかなりめげるだろう。
車道と合流して快調に下る。岩岳スキー場の入り口を過ぎるとそろそろ車道と別れて旧道区間を経て街道の集落に出るはずだ。旧道の入り口を見失わないようにスピードを落としてゆっくり走る。再び静かな旧道区間に入るとそこは踏み固められた未舗装区間でとても走りやすく、振り返ると森の向こうに白い山々が見える。
階段のある急な下りを経て集落にはいると千国街道は家や神社の間をくねくね曲がり、集落を出る頃には道がわからなくなってしまった。うろうろしているうちに国道148号に出たのでそのまま白馬方面に向かう。地図によるとこの付近の旧道は国道になっているようだ。